2021/06/07

バイク 青春 想い出 世界 日本企業





イラスト asantosg / PIXTA(ピクスタ)


人はジェットコースターに爽快な気持ちを感じるように、直にスピードや風を体感できるバイクは、単に移動の手段としてではなく、趣味の一つとして人気があります。

私も高校生の頃に、学校の仲間数人と、原付きバイクの免許を取りに行きました。




全員運良く合格したのですが、一つ問題がありました。それは、学校に見つかったら免許を取り上げられるということでした。

免許を取り上げられる規則は、当時の高校のスタンダードだったのか、私が通う私立高校特有のものだったのか、それとも、私が属していたのが進学クラスの理数科だったからなのか、記憶が定かではないのですが、そういう校則がありました。

確かにバイクは転倒の危険などもあり、学校側の言い分も理解できるのですが、若さゆえの好奇心や反抗心などもあり、納得がいかなかったからこそ、皆で取りに行ったのだと思います。

そして、進級後だったと思いますが、ある時一人が教師に見つかり、免許を取り上げられ、他の仲間も取り上げられました。

ただ、私だけはクラスが違ってバレずに済んだのですが、普通に免許を所持し、バイクに乗っている生徒もそれなりにいたといった感じでした。

そして、自分の免許を取ったからには、自分のマシンが欲しいとなるのは自然の流れでした。

当時家にあった親のスクーターに乗ってはいましたが、他のクラスメートからバイクを購入し、自分のマシンを手に入れました。

当時、50ccバイクといえば、一般的なスクーター、カブ、モンキー、ゴリラ、ジャズ、ベスパ、CB50、AR50、YSR、NS-1、などがあったと思いますが、同級生が譲ってくれるということで、YAMAHAのYSRを手に入れました。

その後は、HONDAのNS-1を、こちらも同級生から安く譲ってもらい、乗っていました。

私は50ccの原付止まりで、その上の二輪免許を取得しませんでしたが、50ccなりの走る楽しさを体感していました。

そんな私とバイクの関係でしたが、一つ忘れられない思い出があります。

それは、大学の同級生と二人でアメリカに旅行した時のことです。

ハリウッドのとあるショップで、店に入ると、名前を訊ねられました。

私の名前は kurebayashi hiroki ですが、アメリカ人は上手く発音ができません。そのため、今までの流れを考えて、ここでも面倒くさいやり取りになることを嫌った私は、suzuki、と適当に答えました。

すると相手は、

「SUZUKIか! 俺はSUZUKIのバイクに乗ってんだよ!」

とハイテンションで答え、さらに隣の店員を指差し、

「コイツはHONDAに乗ってんだよ」

とノリノリで答えてきました。

それに対して私は、同級生を指差し、

「コイツはHONDAって名前なんだよ! ははは」

と適当なことを言って、その場のノリに合わせておきました。

このとき私は、日本のバイクが世界で受け入れられていることを知りました。

普段、我々日本人が見ている世界地図は、真ん中に日本がありますが、一般的な世界地図は、日本は右の端っこにあります。

日本という国は、世界から見れば極東の小さな島国でしかなく、経済大国とはいえ、アメリカやヨーロッパの国々と比較すれば、国自体の世界的なプレゼンスは意外と小さいものです。

しかし、個々の日本企業はそうではありません。

ハワイで知り合った、民族衣装を着たアフリカ人に日本のことを話しても全く理解してもらえませんでしたが、トヨタやニッサンのことを話すと、おおそうか、となったように、極東の島国から世界へと販路を拡大し、現地や当人の生活に欠かせない製品を提供している日本企業は、たとえ日本という国を良く知らなくても、企業名は知っています。

そんな事を、私はバイクの一件から知ることができました。

本記事はここで終わりますが、もし題名から、世界各国をバイクで走破した話を期待した方がいましたら、お詫び申し上げます。








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