2019/10/06

グリム童話と日本昔ばなしの激突  「桃太郎」や「金太郎」を読んできた普通の日本人少年が、異質なヨーロッパ文化「青ひげ」と出会った日 








ドイツ・ノイシュヴァンシュタイン城
cavaより


ヨーロッパといえば、きらびやかなお城、華やかな舞踏会、目を見張るドレスといったイメージを持つ人も多いかもしれません。

冒頭の写真の城は、ドイツにあるノイシュヴァインシュタイン城で、カリフォルニア・パリ・香港ディズニーランドのシンボルマークである、「眠れる森の美女の城」(オーロラ城)のモデルとなったことは知られています。






パリのオーロラ城

merchemg800によるPixabayからの画像 







公式サイトにも以下の記述があります。


Inspired by Neuschwanstein castle in Bavaria, Sleeping Beauty Castle opened on July 17, 1955, along with Disneyland Park.

引用 Sleeping Beauty Castle Walkthrough



一方で、東京ディズニーランドや、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートにあるシンデレラ城は、フランスのフォンテーヌブロー宮殿やヴェルサイユ宮殿を参考にしたそうです。


the design of Cinderella Castle was inspired by Fontainebleau and Versailles,

引用 Walt Disney World Resort


このようにヨーロッパといえば、豪華なお城がイメージとして浮かぶ人も多いでしょう。

そんな欧州と私の出会いは、意外なところで訪れました。

私は小さい頃、お稽古事の一つとしてピアノを習っていました。

サッカー、習字、ソロバンといった、昔の少年にありがちな組み合わせにピアノも加わり、暇をもて余すような時間はあまりありませんでしたが、どれも楽しく学んでいました。

ただ、この中でピアノだけはそれほど興味が湧かず、基本テキストのバイエルをこなしているだけで、のめり込むほど好きになるようなクラシックの楽曲もなく、やめたいと思うことが何度かありました。

それでも中学一年まで続けてこれたのには、幾つかの理由がありました。

例えば、上達できたから嬉しいとか、先生に誉められたから嬉しいとか、女性の先生が好きだったとかですが、最も大きな要因は、レッスン中に訪れるある時間を楽しみにしていたからでした。

それは、待ち時間に過ごす読書の時間でした。

兄と一緒に、近所の先生宅でレッスンを受けていた私は、待ち時間に、教室の棚に置かれた本を読んで過ごしていました。

その読書は、文字通り単なる読書で、しかも絵本が多かったのですが、家で落ち着いて本を読む時間が取れなかった私にとって大切な時間でした。

そんな中で、いまでも忘れ得ない衝撃的な出会いを経験しました。


それは、童話の「青ひげ」でした。


「青ひげ」とは、17世紀に活躍したフランスの作家・シャルル・ペローが記したペロー童話に収められ、後にドイツの作家・グリム兄弟が記したグリム童話にも収録された、ヨーロッパの貴族が登場する物語です。


本の内容は、ある青い髭を生やした男がいて、その男は大きな屋敷に住む金持ちでしたが、その風貌(ふうぼう)から近寄りがたい存在で、しかも、過去その男と結婚して妻になった女性全員が、全員とも行方不明になっているという曰く付きの人物でした。

そんな男のもとに、ある美しい娘が嫁ぎます。

そしてある日、あおひげの旦那が外出で家を空けることとなり、屋敷の鍵が何本か妻に預けられます。

ただし、その中の一本の小さな鍵だけは絶対に使用してはならない、この小さな鍵で開けられる地下室の一番奥にある小部屋だけは決して開けてはならず、中に入ってもならないと言い付けられます。

しかし、妻は好奇心から、開けてはならないと言われていたその扉を開け、中に入ってしまいます。

その続きは、原文のまま本に説明してもらいます。


窓がしまっているので、はじめはなんにも見えませんでした。そのうち、だんだん、くらやみに目がなれてくると、どうでしょう、そこの床ゆかの上には、いっぱい血のかたまりがこびりついていて、五六人の女の死がいを、ならべてかべに立てかけたのが、血の上にうつって見えていました。これは、みんな青ひげが、ひとりひとり、結婚けっこんしたあとで殺してしまった女たちの死がいでした。


引用 青ひげ ペロー Perrault   楠山正雄訳 青空文庫


私はこれを絵本で読んだとき、なんじゃこりゃ? と正直思いました。

当然ですが、幼い私が接してきた日本の絵本といえば、桃太郎や金太郎などの元気溢れる男の子が主人公であり、最後は鬼を倒してめでたしめでたしという円満な物語が中心でした。

それらと比較すると、「青髭」の内容は紛れもなく異質であり、その出会いは衝撃的でした。

この後「青ひげ」のストーリーは、妻が禁断の部屋に入ったことを夫である青ひげに見つかります。





イギリスの画家 ウォルター・クレイン

パブリックドメイン


そして、剣で首を刎ねられる寸前までいきますが、最後は妻の兄たちが助けに来て、青ひげが刺されて殺されるという終わりになります。

物語の最後は、好奇心を戒める内容となっており、「危ないことをするとあとで痛い目に遭う」との教訓として読み取れますが、結婚した妻を何人も殺し、それを隠し部屋に飾っておくような話は生温いものではなく、こんな内容を子供に読ませるヨーロッパとは、一体どんな地域なのだろうかと不思議に思いました。

この話にはいくつかのバージョンがあり、また子供への配慮もあったかもしれませんが、大々的にオペラにもなり、こうして海を越えて日本の少年にも辿りついたのですから、ヨーロッパの子供にも広く共有されていたおとぎ話だったはずです。

私が当時習っていたピアノは、もちろん西洋からもたらされた楽器でしたが、そのクラシックの音色からは、「青ひげ」の物語は想像もつきませんでした。

その後大人になり、日欧や日米の比較文明論に接することで、何となく自分なりの見解が見えてきました。

それは欧米人にとって、夫婦はお互いが独立した存在であるとの認識が一つの要素になっているのではないかということでした。

お互いが独立した存在であって、いつこのような亀裂が生じるか分からないということを、社会が共通認識として持っているからこそ、このような残酷な物語が子供にまで読まれているのではないかということです。

欧米では、結婚前にプレナップと呼ばれる婚前契約書を交わします。

結婚生活について詳しく内容を定め、さらには離婚の内容を盛り込んだりします。

これは、二人の感情が最高潮である結婚時に、別れる時の話をしているのであり、契約社会という一面や、トラブルの回避という意味合いがあったとしても、家族を一体と考える日本人にはあまり理解できません。

契約があっても守らない伴侶もいるだろうし、イレギュラーがあると厳密には守れないだろうし、そういうときは更に細かな契約をするのか、それとも結婚しているにも関わらず裁判をするのかなど、契約社会ではない国に育った日本人からすると疑問に感じてしまいます。

もちろん、結婚していてもルールは必要であり、家事や育児をしない夫などと言われると、私は隅で小さくなっていないとならず、またお互いの感情が変化することも十分すぎるほど分かりますが、日本人の感覚からすると、家庭にまで契約を持ち込むことの違和感が拭えません。

この考えは、キリスト教社会における人間とは、原罪という生まれながらに罪を持つ不完全な存在であり、間違いを犯すという前提に立っているからであり、日本の仏教における、人間を含めたすべてのものには仏性が宿ると考える、


山川草木国土悉皆成仏

さんせんそうもくこくどしっかいじょうぶつ


との根本的な文化の相違があるとも考えられます。

つまり欧米文化とは、根底にお互いへの懐疑が存在するということです。


日本の戦国時代でも、政略結婚で送り込まれた妻が、最も危険な刺客であるといった状況はありましたが、そのようなお互いを疑うという文化には発展せず、さらにはその先にある、万一のために白黒はっきりさせておくという文化にも発展しませんでした。

その理由は、多民族がひしめいていたヨーロッパや、様々な移民がひしめいていたアメリカなどと比べ、日本は村社会で同質な人間が暮らしていたからとも言えます。

日本では、あうんの呼吸や忖度といった非言語(ノンバーバル)のコミュニケーションが求められ、玉虫色の決着という曖昧な言葉があることからも分かります。

さらに考えを推し進めると、一神教を信仰し、神と人間、私と貴方、など厳格に区別する西欧の二元論文化と、多神教を受け入れ、家族は一体であり、会社までもが自分と一体であると昔は考えていた日本の文化との違いとも言えます。

どちらにも一長一短があり、地理的・人種的な環境といった相違が、異なった文化を育んできたと思われます。

ともかくヨーロッパには、個人主義や他者への懐疑といった文化的な背景があるからこそ、「青ひげ」のような残酷な物語が子供にまで読まれているのではないかとの思いに至りました。

もちろん逆に、欧米のように夫婦や家族と言えども、厳格な個人主義であるならば、相手を尊重して殺めないだろうし、日本のように夫婦でも財布を一緒でよしとする家族主義であれば、相手を私物化する人間も出てくるでしょう。

ただし、程度の度合いとして欧米には、夫婦といえども他人であり、お互いの関係はいつかは覚める、いつかは別れるというドライな個人主義が根底にあり、また、欧米文化に多大な影響力を持つ、残酷な逸話を含むギリシア神話も関係しているといった文化的な背景の上に、残酷な童話「青ひげ」が、ヨーロッパで子供たちに読まれているのであろうとの思いに至りました。

これを突き詰めるには、更なる比較文明論の精査や、現地での意識調査や、女性論の精読が必要だと思われますが、私と西洋の本格的な衝突は、童話の「あおひげ」であり、その後、自分の内にある日本と欧米の違いを深く考えるきっかけとなりました。

皆さんの西洋との衝突は、何だったでしょうか?

それこそ、東京ディズニーランドのシンデレラ城や眠りの森の美女に西洋を感じた方も多いかもしれません。

ちなみに、もしディズニーを検索してこの記事にたどり着いた方がいたら、童話とはいえ無惨な話に目を通させてしまい申し訳ありませんでした。

私が最後に東京ディズニーランドに行ったのは、もう10年近くも前で、今はいい歳したオッサンになってしまいましたが、久しぶりにあの現実を忘れさせてくれる夢の世界に行きたいなぁとこの記事を書いていて思いました。

あのとき小さかった娘はもう随分大きくなってしまい、あの時のようにもう一緒に遊んでくれませんが、あの日あの場所で、モンスターズインクのサリーと戯れていた娘との記憶は、いつまでも心の中に留めておきたい、執着とでも言うのでしょうか、手放したくない想い出です。






ブー・サリー・マイク



キラキラした夢の国であるディズニーランドは、特に夜になると、大人でも現実世界を忘れさせてくれるレジャーランドであり、西洋を思わせてくれる世界でもあると思います。







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