2019/06/27

嘘や削除が意図的に行われるWikipediaの問題点を考える







wiki wikipedia ウソペディア 嘘ペディア 情報操作 情報工作

canvaより


目次 読了5分



  1. WEBの百科事典・Wikipedia
  2. 世間の集合知を活かせる利点
  3. 嘘ペディアと言われるデメリット
  4. 悪質な管理者「MaximusM4」
  5. 記事に対する責任とチェックがないWikipedia
  6. 項目の削除といった露骨な情報操作
  7. コピペはむしろWikipediaではないのか
  8. 民間の経営を圧迫しているとも言えるWiki
  9. 知を広めてきた出版社の未来


1 WEBの百科事典・Wikipedia




Webで調べものをするとき、ネットの百科辞典を謳うWikipediaを使ったことがない人は、ほぼいないでしょう。

検索結果では上位に表示され、記述や写真も豊富にあるため、必要な情報をまずWikiで検索をする人も多いでしょう。





私もブログ記事を作る際に、多くのパブリックドメイン画像を使わせて貰っており、物凄く助かっております。



2 世間の集合知を活かせる利点




そのWikipediaの特徴は、何と言っても世間の集合知を活かせることです。

2019/06/05

打たれ弱いと言われる最近の子供のメンタルを鍛える方法






獅子の子落とし メンタルを鍛える 打たれ弱い子供


makieniさんによる写真ACからの写真 



最近の若者は、叱られるとすぐに拗ねてしまったり、意気消沈してしまったり、逆ギレしてしまう、などと言われることがあります。

確かに昔の学校では、いまなら間違いなくパワハラになるようなことが、普通に行われていました。

些細な例ですが、私が小中学生の頃は、定規でお尻を叩かれるようなことが普通にありました。







そこに愛があったのか、仮に愛があったとしても、有無を言わさず体罰になるのかといった判断は、当事者間の想いや第三者の客観的な指摘に加え、時代の認識というものが材料になると思いますが、今では体罰に対する意識が変わり、個性の尊重や多様性の掛け声のもと、子供の権利が大きくなって叱られることが極端に減り、打たれ弱くなっている傾向はあります。

また、子供同士もゲームで遊ぶことが増え、昔と比べてお行儀が良くなりつつあり、子供同士の喧嘩に関しても、親がより深く介入するといった事も関係し、いざこざやトラブルを経験する機会が減っているかもしれません。

そして、打たれり揉まれたりの経験がないと、いざそういった事象に遭遇したとき、簡単に打ちのめされたり、キレたりしてしまいます。

このように今の子供たちは、昔と比べて学校や家庭で怒られる機会が減り、また、トラブルを経験する機会が減ったのであれば、どこかで叱られたりトラブルの耐性を身につける必要があります。

そのため、現代の子供たちの精神を鍛える方法について、私は考えてみました。

まず人は、突発的な事象に遭遇すると狼狽します。

オレオレ詐欺などの騙しの手口は、息子が人様に多大な迷惑を掛けたという口実により、相手の分別を失わせます。

インターネットサイトで高額を請求されるワンクリック詐欺も、IPアドレスやOSのバージョンを表示して脅かすことで、相手の分別を失わせます。

痴漢の冤罪なども、思いもよらない出来事で狼狽し、その場で正気を失い、相手や駅員さんのなすがままに駅の事務室に連れてかれてしまうと、現行犯で逮捕される流れができてしまいます。

痴漢と間違えられた場合は、まず正気を保ち、その場から移動せず、相手の主張を確認し、それをスマホで録画や録音をし、自分はやっていないことを確実に宣言し、警察官が来たら、相手の主張する身体の箇所に自分の指紋や脂の採取を要求し、自分の指についても相手の衣服繊維片の採取を要求すれば、身の潔白を証明できる可能性は格段と高まり、少なくとも不利な立場にはならないでしょう。

これら突発的な事案に対抗するためには、不動心を備えることや、常に最悪を想定して行動することや、自分を客観視するメタ認知を鍛えることなどが有効です。

ただし、それらは日常でなかなか身に付くものではないのかもしれませんが、子供のうちから鍛えられるのであれば、やってあげたいと思いました。

そこで私は、以下の突発的な事案を作り出し、子供の精神を時々鍛えています。


タブレットの暗証番号をこっそり変える。 

トイレやお風呂の電気をいきなり消す

あえて電車を乗り越し、運賃の足りない切符を改札に通させる。

定休日のお店に、休みであることを知らせずに敢えて行く。



このような小手先の方法では、本物の精神の鍛錬には程遠いかもしれません。

本当に精神が飛躍するときとは、ギリギリの状況に精神が追い詰められ、その自分を徹底的に客観視して見据え、そこから抜け出した時であり、それは自分の人生の中で、自分の手で掴み取っていくしかありません。

ただ前述したように、昨今の若者は打たれ弱くなっているとの声があちこちで聞こえてきます。

その原因の一つとして、学校や家庭で怒られることが減り、叱られ耐性が身についていないことが間違いなく存在しています。

もちろんパワハラや虐待は論外ですが、獅子の子落とし(ししのこおとし)という慣用句があります。

獅子(ライオン)は、生まれた子を深い谷底に落とし、生き残った者だけを育てるという俗説から出来た言葉であり、これが転じ、自分の子供に試練を与え、その器量を試すとともに立派な子に育てようという意味として用いられています。

これは、弱者を排除するということではありません。

弱い者を見かけた時、自分が弱ければ、助けに行くことはできません。

その前に、自分が強くなければ自分すら守ることはできませんし、また弱い人だらけになってしまうと、全員が共倒れとなってしまう可能性があります。

自分が強くなければ身近な人を助けることもできず、それどころか、他の多くの助けたいと思う人も助けることができないのです。

皆さんも、今の小さな子供たちが、将来自分の人生に危機が訪れたときに狼狽せず対応できるよう、時には厳しく突き放し、また何か突発的な試練を作り出し、精神を鍛えてあげてみてはどうでしょうか。

そして、ときにダイヤモンドのように動じず、ときに枝垂れ柳のようにひょろりとかわす術を身につけてほしいものです。

先日シュークリームの中に、可愛いらしい程度ですが子供にワサビとカラシを入れられたので、その仕返しに、小さなゼリーを買ってきて、食べた後にそれ昆虫ゼリーだぞ、と嘘をついて脅かしてやりました。

これも突発的な出来事にはなりますが、やりすぎたり、急激にやると、何らかのトラウマができてしまう可能性もあるので、程々に少しずつ鍛えてあげるべきでしょう。

それが、いつか子供たちの力になると信じて。










参考サイト




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