2019/01/11

嘘の歴史小説「坂の上の雲」のあらすじと感想  







戦艦三笠 坂の上の雲 東郷平八郎 横須賀三笠公園

戦艦三笠と東郷平八郎像 横須賀三笠公園

paprilicさんによる写真ACからの写真 



小説【坂の上の雲】とは、国民的作家の司馬遼太郎氏が、日本の岐路となった日露戦争の死闘を余すところなく綴った一大叙事詩であり、多くの経営者が愛読書として挙げる日本を代表する書籍です。

日露戦争とは、明治維新から三十数年後、極東の小国日本が国家の存亡を賭けて大国ロシアと闘い、薄氷ながらも勝利を収め、その後世界へと躍り出るきっかけとなった戦いでした。





よって本書には、新興国日本の、血と汗と涙の記録が克明に記されており、また、司馬作品の中でも数少ない史実に忠実な歴史小説と言われています。


しかし、それは大きな誤りです。



この小説はフィクションであり、決定的な描写が欠けています。

そしてその内容こそが、この時代を生きた日本人の歴史であり、本当の苦難の歴史だったのです。

司馬さんも書いておられるように、日本は当時貧しい国でした。

米や絹の他に主要産業がなく、そんな貧乏国が、西洋と渡り合うために不釣り合いな軍隊をこしらえたのです。

では、その金は一体どこから捻出したのか?

そうです。海外に売る物がなかった当時、高く売れたものがあったのです。

それは、うら若き女性たちです。

からゆきさんと呼ばれた乙女たちが、世界中へ売られていったのです。

右も左も分からない少女たちが、困窮する親兄弟のために、僅かばかりの金と引き換えに、貧しい郷里から世界各国へ送られていきました。

唐行きさんたちの数は、一説では30万人とも言われています。

九州の天草や島原からの船便で、多くがシンガポールといった南方に送られ、そこからシベリアやアメリカ大陸に至るまで世界各地へ運ばれて行きました。


そんなからゆきさんたちは、この日露戦争で祖国に貢献しています。


しかし、本書にはそれが一切記されていません。


本書には以下のような記述があります。



日本人として最初にバルチック艦隊の進航してくる姿を見た人がいる。沖縄の粟国島の出身で、奥浜牛という二十九歳の青年であった。



引用 坂の上の雲七 文春文庫



これは真っ赤な嘘である。



ロシアのバルチック艦隊が、アフリカ大陸の南東に位置するマダガスカル島ノシベに寄港し、停泊している姿をからゆきさんたちは見ているのです。

そして、彼女たちは祖国の一大事を知ると、日本の商船へ報せに走ったと言われています。


この情報が日本本国に打電され、敵艦隊の居場所を掴めたからこそ、日本の連合艦隊は迎え撃つことができたのです。


本書には、ノシベの売春宿に関する記載もあり、そこで働く女性たちの国籍が、英・独・仏であったとされていますが、これも当然嘘っぱちです。


日本の乙女たちは、こんなアフリカくんだりまで連れてこられ、その地で必死に働いていたのです。


彼女たちの中には、マタハリのように誰かに取り入り、ひと財産を築いた剛の者もいたでしょう。


しかし、借金をかたに売られていった彼女たちは、ままならない環境下で働かされ、多くが風土病や性病に侵され、年季が明けるどころか若くして亡くなっていきました。

フランス領であったノシベの軍港には、様々な男たちが、入れ替り立ち替りやってきたことでしょう。


遠い異国の地で、屈強な男たちに組み伏せられ、どこにも逃げ場のないを毎日を送っていた日本のうら若き女性たち。



何度、故郷を想ったことでしょう。

何度、親兄弟を想ったことでしょう。

何度、幼馴染を想ったことでしょう。


何度、故郷の風景を思い浮かべたことでしょう。



本書には、その苦悩が一行たりとも書かれていません。

貧しかった当時の日本で、いの一番で犠牲になった人々の軌跡が記されていません。

確かに本書には、おびただしい死者を出した二百三高地での激闘、その他陸戦における紙一重の攻防、旅順港口閉塞作戦での決死の先駆的精神、ロシア本国における諜報と煽動工作、下瀬火薬や伊集院信管などの独自技術、連合艦隊とバルチック艦隊の雌雄決戦といった、まさに総力を上げた日本人の奮闘が余すところなく記述されています。

他にも、軍神・広瀬武夫とロシア人美女・アリアズナとの恋物語など、冗長な戦闘描写を補って余りある活劇が繰り広げられており、日本民族必読の書とさえ言う人がいるのも分かります。


しかし本書には、貧困国であった当時の日本で、異国の地で苦界に身を落とし、外貨獲得に最も貢献し、外地から祖国を支援し、遥かなる故郷を想いながら、寂しく土に還っていった多くの女性たちが記されていません。

彼女たちの亡骸は、ほとんどが埋葬されなかったと言われています。

本書には、日露戦争の勝利の陰で、故国を想いながら亡くなり、そこらの茂みに打ち捨てられた若き女性たちが、一切描かれていません。

バルチック艦隊が日本本土に接近し、発見した敵艦の所在を知らせるため、五人の若者が、宮古島から石垣島の電信局まで何時間も小舟を走らせたことは記したにも関わらず、からゆきさんたちの行為を無視したこの作品を認めるわけにはいきません。

司馬さんが彼女たちのことを知らなかったはずがありません。

ではなぜ本書に登場させず、露骨にも素通りしたのか?

その理由の中にこそ、維新後の日本が戦争を繰り返してきた秘密が隠されているのです。

私は多くの司馬作品に触れてきました。

「竜馬がゆく」・「峠」・「世に棲む日日」・「花神」などで、胸踊る読書体験をさせて貰いました。

「司馬遼太郎が考えたこと」や「この国のかたち」で、この国の歴史を知りました。

しかし、この「坂の上の雲」だけは認めるわけにはいきません。

そして、この決定的な描写を欠いた歴史小説が、日本の文学界の頂に鎮座しているならば、いつかそれを引きずり降ろさなければならず、この本を書かせた背後の権力も、必ず引き摺り下ろさなければならないでしょう。







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