2018/05/23

小説「永遠の0」が出版された理由と売れた理由  大衆を扇動するディープステートの手口を解明する








戦艦ミズーリへの特攻

撮影日 1945年4月11日 撮影者 Harold "Buster" Campbell 
U.S. Government Works  パブリックドメイン 



小説「永遠の0」とは百田尚樹氏の処女作で、読んだ事がなくとも、題名を知らない人はいないぐらい有名な本です。

2006年に太田出版から発売され、口コミで徐々に広まり、大手の講談社で文庫化されたことにより火が付き、歴史的な大ベストセラー商品となりました。




世間で話題になっていた当時、コンビニにまで置かれていたので、手に取って読んでみました。

なるほど掴みは面白いと思いましたが、途中で飽きたので購入することはせず、立ち読み止まりでお別れとなりました。

ただし街の本屋さんに行くと、販促に動画までもが使われており、そこまでして売り出す作品とは、どんな内容でどんな価値があるのだろうと気にはなっていました。

その後、映画化やテレビ化、漫画化までもされている事を知ったものの、そのどれもに接する機会はなく日々は過ぎていきましたが、先日図書館で目にする機会があり、借りて読んでみることにしました。

そして、すべてを読み終えたあと、



ぼくは背筋に冷たいものが走るのを感じた。



本文引用 P438


作品のベールを剥がし、あれほど騒がれていた意味が分かると、



ぼくは心の中で、声にならない声を上げた。



本文引用 P422


その理由は後述しますが、なぜこの本が、累計500万部以上とも言われるほど爆発的に売れたのでしょうか?

本の内容を簡単に説明すると、現代に生きる2人の姉弟が、特攻で戦死した実の祖父の姿を知るために、生き残りの当時の関係者を訪れていく物語です。

そしてその祖父は、周りから臆病者と蔑まれ、生きて帰りたいと公言するような覚悟のない男で、落下傘で脱出する敵兵を機銃で撃ち殺すような卑怯者であったと証言する者もいたが、操縦の腕は海軍一と言われ、日夜厳しい鍛錬を己に課し、また礼儀正しい紳士でもあり、自分を殺そうとした部下を許すほどの寛大さを持ち、教官になってからは、この人のためなら死んでもいいと思われるような人格者であったことが明らかにされていきます。

ただし、妻と子供を国よりも大切に思う男であることには変わりなく、たとえ腕が無くなっても、たとえ足が無くなっても、必ず帰ると妻に約束していたような男でした。

そんな想いを抱いていた男が出撃当日を迎えます。

そして、自分に指定された戦闘機の不調をエンジン音から見抜き、生き残れる可能性を掴んだにも関わらず、強引に隣の搭乗員と戦闘機を変わり、自分は特攻で死んでいった。

しかし、その一番要となる譲った理由は一切本文には書かれておらず、譲られた搭乗員とは、姉弟にとっての育ての祖父であったというストーリーです。


なぜこの本がそんな爆発的に売れたのでしょうか?


その理由をある人はこう言いました。


大東亜戦争を見直すときが来たのだ。

自虐史観からの解放を人々は求めていたのだ。

愛の物語に感動したのだ。


そうではありません。ただの宣伝力でしょう。

前述したように、この本は街の本屋さんで動画までもが販売促進に使われていました。

普段本屋さんに通う人は分かるはずですが、そこまでして売られている本などありません。

ただ戦記を羅列した凡庸なストーリーで、物語の核となる祖父が戦闘機を譲った理由が一切記されておらず、特筆すべき比喩や表現があるわけでもない作品に、莫大な宣伝費を掛けたということです。


なぜ?


本作を読んで気付くのは、先の大戦で疑惑が持たれている点を、小出しにしながらさりげなく真相を隠しているところです。

真珠湾攻撃で石油備蓄施設や修理ドックを無傷で残したこと、真珠湾に空母がいなかったこと、真珠湾攻撃の責任をキンメルが問答無用で取らされたこと、ミッドウェー海戦での魚雷換装ミスや暗号洩れのこと、栗田の謎の反転のこと、外務省が宣戦布告を遅らせたこと、工作機械がアメリカ製だったことなど、これらは日本のスパイがアメリカと繋がっていたと考えれば、すべては解けてしまう疑惑なのです。

そして本書では、最もスパイ疑惑が渦巻いている山本五十六について上手に糊塗しています。

真珠湾に至る航路で無線を垂れ流し、石油タンクと修理ドックを叩かず、再攻を具申する山口らを無視して撤退させた南雲を黙認した山本の愚策は有名ですが、ミッドウェー海戦でも、空母を守るための戦艦を遥か後方に待機させ、自らはそこで高みの見物をしていた謎の作戦にも一切触れていません。

そもそも、真珠湾もミッドウェーも戦略的な価値は疑問視されていたにも関わらず、海軍軍令部の強い反対を押し切って五十六は強行しました。

真珠湾攻撃に関しては、あそこまで戦線を広げる必要がなかったことは言うに及ばず、そもそもアメリカを本格的に叩かずに、南方を攻める仏印進駐をそのまま続けていれば、結末は大きく変わっていたはずだというのは決して結果論ではなく、アメリカの国力や反戦世論を考えれば当然の帰結です。

そしてそんな状況は、ハーバード大学への留学を含め、アメリカでの駐在経験が長かった五十六は当然理解していたはずです。

アメリカを攻撃した理由に、手に入れた南方の油田を安全に日本へ輸送するため、東シナ海の航路を確保しておく必要があったとする意見がありますが、大統領のルーズベルトは欧州戦線に参戦しないことを公約に当選しており、日本が大々的に手出しをしなければ、アメリカは日本の南方攻撃を眺めていることだけしかできなかったはずなのです。

そのような総括をすれば、真珠湾攻撃は無理に行われた明らかな愚策でしかありません。

しかも当時のアメリカ海軍は、真珠湾攻撃を知っていたかのような不可解な人事と作戦指示を行なっています。

例えば、真珠湾は無防備で危険のため、艦隊をアメリカ西海岸に戻すべきだと主張したリチャードソン大将を降格させた上で更迭し、ルーズベルトは自分の言いなりになるキンメル少将を大抜擢し、太平洋艦隊司令長官に据えています。

また、真珠湾攻撃の当日、日本の大艦隊が安全に真珠湾へ辿り着けたのは、米海軍作戦本部が、米太平洋艦隊の航路をトレス海峡に限定するという奇妙な命令を出していたからであり、さらにその日本の機動部隊は、ハル・ノート交付前の11月25日に単冠湾を出撃しており、このように双方が示し合わせたかのような点についても本書は一切触れていません。

ルーズベルトが攻撃を知っていたかの疑惑については、様々な方面で議論されていますが、真珠湾攻撃時にハワイにいた陸軍情報将校ジェラルド・メーソン・ヴァン・ダイクは、奇襲攻撃を事前に本国へ報告していたと、死後甥とその息子が事実を公表しているように、あれだけの大艦隊が、敵国の情報網を逃れて航行できるはずがないのです。

また、アメリカの空母がパールハーバーに1隻もいなかったことについても、ホノルルには日系人が大勢おり、これらの諜報員から情報が上がっていなければおかしいはずです。

もしそんな情報網すらないのであれば、攻撃が時期尚早で拙速になるのは間違いなく、実際その通り全ての空母を取り逃がし、出端を挫く(でばなをくじく)ための攻撃としては実にお粗末な結果となりました。

山本五十六の語録に、「じっとこらえてゆくのが男の修行」というものがありますが、この国家の一大事に、多くの国民を背負っていた攻撃の決定に関し、我慢に我慢を重ねて時を待つべき必要があったのは言うまでもありません。

今まで挙げてきた数々の不可解な点を考慮すれば、山本五十六がスパイであった可能性は高く、しかも彼は、兄が教会で牧師をしていたように、当時の敵国宗教を信仰していたクリスチャンであり、しかもカトリックの信者だったと言われています。

幼少期から、日曜学校で宣教師ニューウェルの元に通い、海軍兵学校に入隊するときも聖書を持参しています。

もちろん聖書には素晴らしい教えがいくつも存在し、そしてイエス本人の、自分を裏切った弟子や富めない人々に愛を注がれた生涯は瞠目に値するものであり、私自身も尊敬しています。

しかし、キリスト教が迫害された戦時中において、聖書を所持していた山本が全くお咎めどころか詮索する受けていないのはどうしても合点がいきません。

海軍が外に開かれていたというのは理由にはならず、ハーバードに留学経験もあり、アメリカ駐在の経験もあった山本が何の詮索も受けなかったのは、海軍首脳と山本五十六がスパイであったとすれば辻褄が合います。

さらに言えば、いま、カトリック聖職者における性的虐待が世界中でクローズアップされています。

幼い男の子に対する目も当てられない卑猥な行為とか、修道女を性奴隷にしていたなどの実態が、次々というレベルを超えて発覚しています。

ワシントン名誉大司教のセオドア・マカリック枢機卿など多くの高官が処分され、さらにはローマ教皇庁のナンバー3で、財務長官のジョージ・ペル枢機卿までもが禁固刑の有罪判決を受けているような状況で、このように、日本でも廃仏毀釈後にキリスト教が流入し、子供に対する圧倒的な立場を利用することで、宗教を洗脳の道具とした可能性を探ると、山本の不可解な行動が全てが繋がります。

もちろん素晴らしい教えを説いた聖職者も大勢いたはずですが、そういう中に悪意を持った工作員が紛れ込み、年端もいかない子供を仕込んでいったと思われます。

その確かな証拠として、幕末に恫喝外交で日本を開国させたペリー提督は、自身の残した日本遠征日記に、「領事代理・商人・宣教師といった形でこの国に諜報員を常駐させなければならない」と記しています。





他にも重要な人物として、スパイ・ヨハンセングループの筆頭の吉田茂がいます。

トーマス・グラバーが属していたジャーディンマセソン商会横浜支店長・吉田健三の養子であり、駐日アメリカ大使ジョセフ・グルーに日本の情報を流し、また戦後米軍に駐留を許す署名を勝手に一人で行った吉田茂もカトリック信者と言われているように、偽聖職者がスパイとして働き、宗教を洗脳の道具として使ったと考えられます。

つまりアメリカは、将来的な対日侵略を企図した上でペリーを来航させ、さらにはその具体案を、真珠湾攻撃の50年前にオレンジ計画として作成し、山本五十六や吉田茂のようなスパイを養成しながら、用意周到に日本を包囲していったのです。

第二次世界大戦後、日本が降伏の調印式を結んだ戦艦ミズーリの甲板には、マシュー・ペリーの艦隊が使用していた星条旗が掲げられたように、この演出が、ペリー艦隊の目的を如実に示していると言えます。

本書に話を戻すと、山本長官がブーゲンビル島の基地視察に訪れたことについて、現地の搭乗員は意気に感じたと記していますが、危険な前線に赴くことを強行し、5日前に暗号電報で前線基地に知らせる異例のことが行なわれ、なぜか当日に限って草色の第三種軍装を身にまとっていた疑惑が隠されています。

この視察で、山本の乗った一式陸攻機は米軍に撃墜されますが、ここでも本書は、長官を護衛していた搭乗員が責任を取らされたと書いているものの、実は護衛機の数を増やすことに反対し、山本は零戦6機しか付けさせなかったことが隠されています。

この視察の真相は、アメリカの手引きで国外脱出を図る予定であったことが濃厚であり、最終的にアメリカに裏切られたとも、検死の不可解な状況からヒトラーのように生き延びたとも言われています。

護衛に失敗した搭乗員が、懲罰のために連日出撃命令を下されてほとんどが戦死したのも、真相を知った者の口封じと考えられます。

山本長官を探索した隊と検死医が、その後皆危険な最前線に送られ、ほとんどが戦死しているのも同じ状況です。

よく考えれば分かりますが、真珠湾攻撃を卑怯な騙し討ちと叫び、「リメンバー・パールハーバー」を掛け声にしてきたアメリカが、なぜ戦後、攻撃の実行部隊として参加した草鹿 龍之介、原 忠一、源田実らを極刑に処さなかったのでしょうか?

騙し討ちを反攻の大義名分とし、原爆投下や無差別空襲まで正当化したにも関わらず、なぜ真珠湾攻撃で亡くなった2403名もの米兵の仇を絞首刑や銃殺刑で取らなかったのでしょうか?

東京裁判で処刑されたのは陸軍の6人を含めた7人のみで、海軍からは一人も出ておらず、しかも先の大戦で無法に裁かれて刑死した日本兵は1,000人近くにもなり、なぜその中に入っていなかったのでしょうか?

初めから出来レースだったと考えればすべて辻褄が合います。

戦後、海軍の親睦団体であった水交社の本部がフリーメイソンに占拠されてしまったように、当時の海軍首脳は丸ごとスパイだった可能性が指摘されています。

真珠湾以外にも、海軍の中攻(九六式陸上攻撃機)が中心となり、断続的かつ執拗に行われた重慶無差別爆撃に関し、作戦全体の責任者であった支那方面艦隊参謀長・井上成美や、その当時長らく海軍大臣を務めていた米内光政は、東京裁判で一切罪に問われませんでした。

この重慶無差別爆撃は、軍事目標も定かではなく、地上部隊との連動もしておらず、スペインのゲルニカ爆撃を優に超える1万人前後の民間人死者を出し、明らかに国際法違反の戦略爆撃でした。

米内光政に関しては、日中戦争を拡大させた重大な事件であり、海軍の陸戦隊が主導した第二次上海事変時にも海相を務めており、トラウトマン和平工作でも、不拡大を泣いて唱えたとされる陸軍参謀次長・多田駿に対し、政府の辞職をちらつかせて交渉の打ち切りを迫った大きな責任があるにも関わらず、東京裁判(極東国際軍事裁判)の審理から外されています。

ちなみに第二次上海事変(1937年8月)は、米内が連合艦隊司令長官に就任してわずか3ヶ月でその職を降り、海相を任されてから6ヶ月後に起きています。

このように、戦争拡大のキーパーソンであった米内や井上が、戦後に裁かれることもなく無罪放免となっただけでなく、戦争開戦時に、海相と海軍軍令部総長を務めていた嶋田繁太郎も、東京裁判で死刑を免れて天寿を全うしています。

一方の陸軍では、マレーを攻略した重要な人物である陸軍大将の山下奉文が、東京裁判ではなくマニラの現地で勝手に裁かれ、しかも閣僚でないにも関わらず絞首刑が下され、さらにその執行はマンゴーの木に吊される非道な方法だったように、罪を逃してもらった海軍の軍人と比較すると天地の差があります。

米内ら海軍首脳が、終戦の工作でGHQと共謀し、陸軍や部下に罪を押し付けたというのは後付けであり、むしろ初めから繋がっていたと考えるほうが自然です。

仮にも命を賭けて国を賭けて戦ってきた軍人であり、身内を売るような人間にシンパシーを感じるはずもなく、同じく身内を堂々と売ったルーズベルトの蛮行が隠されてきたように、特に海軍三羽ガラスのうちの米内光政と山本五十六が元からスパイであった可能性が高く、そのような実態を隠すため、海軍善玉説と陸軍悪玉説を広めたというのが最早定説でしょう。

米内光政は、ポツダム宣言の黙殺を提案した人間でもあり、さらには人道に反する特攻作戦の決定や継続に関与していたにも関わらず、終戦和平の立役者として極端に美化されてきました。

山本五十六も、「米百俵」という維新時の食うや食わずの時に貰った米を国家の教育のために金に変えたエピソードを持つ教育者・小林虎三郎の教えを学んでいるにも関わらず、愚劣な作戦で日本を破滅に導き、国家や人心を荒廃させましたが、こちらも米内と同じく偉大な軍人として美化されてきたように、今まで帝国海軍の責任がすっぽりと覆い隠されてきました。

山本五十六に関しては、国家の非常事態であった戦争の時に彼の頭の中にあったのは、敵との駆け引きや作戦ではなく、国土の人民でもなく、戦地で命を賭ける兵士でもなく、戦いで命を落とした兵士でもなく、国家の未来でもなく、家族ですらなく、愛人の芸者・梅龍こと河合千代子氏だったのは、多くのラブレターと「世の中から逃れたった二人きりになりたいと思います」といった面を見れば分かります。

そして、このような人間をスパイとして意のままに操ることは、赤子の手を捻るよりも簡単だったでしょう。

本書では、そのような先の大戦における海軍の疑惑を振り返りつつ、反省する素振りをみせながらも肯定し、国民のライト層を煙に巻いているのです。

そして、本書のエピローグを読んだとき、私は寒気がしました。

その文を引用します。



このパイロットがサムライなら、俺たちもナイトでありたい。手空きの総員が甲板に整列する中、弔銃が鳴り響いた。艦長以下士官の挙手の礼に送られて、白布でくるまれたパイロットの遺体は道板から海中に滑り落とされた。鎖の錘をつけられた遺体は、ゆっくりと海の底に沈んでいった。



本文引用 P445


物語はこの文で終わります。

この文を最後に持ってきたということは、少なくともここに、著者の言いたいことがあるわけです。


もう一度最後の文を読んでみてください。




このパイロットがサムライなら、俺たちもナイトでありたい。手空きの総員が甲板に整列する中、弔銃が鳴り響いた。艦長以下士官の挙手の礼に送られて、白布でくるまれたパイロットの遺体は道板から海中に滑り落とされた。鎖の錘をつけられた遺体は、ゆっくりと海の底に沈んでいった。




本文引用 P445


勇敢な兵士が戦死し、敵兵に丁重に葬られ、名誉の死であることを暗示しています。


つまりこのリアルなシーンは、戦争で亡くなった兵士は尊いのだと読者に刷り込んでいます。

この本の最終目的は、戦争で人が死ぬことのアレルギーを、国民から取り除くことであったと私は結論付けました。

それが突飛な話ではないことをこれから説明しますが、


一体誰がそんなことを?


本人ではありません。講談社でもありません。自民党清和会でもないでしょう。


アメリカの戦争屋です。


1937年、ライフ誌に掲載された1枚の写真によって、アメリカ世論が一気に反日感情へ傾きました。



パブリックドメイン 



これは、日本軍が爆撃した上海南駅で撮られた赤ん坊の写真ですが、実は別のものがあります。



パブリックドメイン


要するにこれは作られた写真であり、いわばアメリカを対日戦に参入させる布石として、国民感情を煽るために捏造されたのです。

ナイラの証言というアメリカの世論を湾岸戦争に導いた有名な告白があります。





15歳の少女ナイラが、イラク軍の残虐性を涙ながらに語ったこの証言は、まったくの演技だったことが後に判明しています。

イラクの兵士が病院で赤ちゃんを殺したとまで言っているのです。

これはクウェートが仕組んだものとされていますが、その後のメディアや政治家の取り上げ方を見れば、ブッシュら戦争屋が裏で糸を引いていたと考えられます。

このようにアメリカの戦争屋、別の名で、ディープステート(影の政府)・国際金融資本ユダヤ・ハザールマフィア・カバルなどと呼ばれる一味は、世論を操縦して戦争を起こしてきたのであり、人間は簡単に感情に流されてしまうのです。

1913年に、ロンドンのウェリントンハウスで活動を開始したプロパガンダ研究の総本山・ダビストック人間関係研究所では、あらゆる世論誘導や情報操作が開発されており、彼らが無知で蒙昧と規定する大衆を操ることなど、たわいもないことなのです。

そして、彼ら支配層がキリスト教を信仰しておらず、むしろ反キリストであることは、原爆が投下された長崎はキリスト教と関わりが深く、また爆心地に教会の浦上天主堂があったことからも分かるはずで、また、カトリックの総本山バチカンは、ローマ教皇ピウス12世を筆頭にナチスの逃亡にも手を貸しているように、世界中に広範囲な秘密結社網を築き、様々な方面にスパイを紛れ込ませ、そのスパイを影響力のある人物に仕立て上げ、大衆を扇動してきたのです。






その大衆を扇動する工作員として選ばれるのが、実際にCIAが行った、洗脳工作人体実験「MKウルトラ」によって感情を抹殺させられた者たちであり、元MI6のジョン・コールマン博士が記した書籍「ダヴィストック洗脳研究所」に詳しく記されているように、このナイラ証言のような一連の情報工作などお手の物なのです。

他にもアメリカの戦争屋は、でっちあげの偽旗作戦で戦争を引き起こしています。

1964年ベトナム戦争のきっかけを作ったトンキン湾事件での自作自演しかり、2003年イラク戦争における、ありもしない大量破壊兵器のでっち上げしかり、911もISISもすべてやらせで、シリアの化学兵器使用も捏造です。

古い話であれば、米西戦争のきっかけを作った1898年のメイン号爆破沈没事件も、原因不明にも関わらず新聞が反スペイン感情を煽って開戦への道筋を作り、第一次世界大戦へのアメリカ参戦のきっかけを作った1915年のシタニア号事件も、わざとドイツに攻撃されるよう国際法違反の爆薬を積んでいました。

このようにアメリカ戦争屋一味は、儲けのために様々なことを画策し、意図して戦争を起こしてきたのです。

この小説はその一環として組み込まれ、先の大戦で戦争屋の手先として働いた日本のスパイを擁護し、さらに、日本の世論から戦争で人が死ぬことの抵抗を和らげるために放たれたと考えれば、不可解な記述と異様な盛り上がりがすべて納得できます。

著者は、生きるとは何かを描いたと語っていますが、であるならば、なぜあれほど家族のために死なないと公言していた宮部久蔵が、最後に自分は助かることができたにもかかわらず、死を選んだ理由が描かれてなければいけません。

本作には「生きる」などというテーマはどこにもなく、「過酷にして清冽な愛の物語」もこじつけであり、死ぬために用意された主人公しかありません。

よく臆面もなくそんなセリフが吐けるのか不思議でなりませんが、こういうことを平気で吐ける人間がスカウトされ、ナイラのように利用されるのです。

初めは弱小出版社で発売されたのも、ヒールとして世に出てきたのも、計算されたものだと思われます。

在特会が、10年掛けてヘイトスピーチ規制法を制定させたように、じっくり時間をかけて登場し、国民を戦争に導く外堀を埋めるために放たれた作品でしょう。

著者は、戦争屋の手先である安倍総理とオトモダチであることからも明らかです。

この大々的に打たれた広告は、領収書なしで年間十数億円もの大金が使える官房機密費から出ていたのかは知りませんが、この異常な盛り上がりは、どこかから金が出ていなければ説明がつかず、それは間違いなく戦争屋関連からでしょう。

そして、国内に巣食う手先が働き、口コミにも、大半が日本人ではないと言われるネットウヨクが総動員されたのでしょう。

他にもいくつかある世論誘導を本文から挙げてみます。


  • 零戦の性能やパイロットの腕を何度も持ち上げ、読者の心をくすぐっています。
  • カミカゼアタックをイスラムの自爆テロと同列であると、読者の感情を煽っています。
  • パラシュートで脱出しながら撃たれた米兵に、あの自分への射撃は間違いではなかったと言わせ、読者が人殺しを許容するよう刷り込んでいます。


のせて、煽って、その勢いのままに殺戮を正当化する見事な流れが作られており、読者が辿る感情の動きを細かく計算しています。

そして、最後のトドメは戦死の美化であり、ごく自然に世論を誘導していく様が読み取れます。

要するに本作「永遠のゼロ」は戦争賛美どころではなく、日本の世論を戦争に導くために放たれた一冊であり、ナイラの証言と同じ役割を負っているのです。

だからこそ内容が伴わないにもかかわらず、あれだけの話題作として祭り上げられたのです。

著者が、自分の家族をいやらしいぐらい全面に押し出すアピールも、プロフィール写真に笑顔が多いのも、計算されたものでしょう。

中国脅威論を煽っている彼らに、なぜ台湾には米軍がいなくても大丈夫なのか聞いてみてください。

中国とアメリカを比較して、第二次大戦後の戦争回数を調べたことがあるのかと聞いてみてください。

沖縄に米軍がいなくても、自衛隊がいれば尖閣諸島が取られることはありません。

もし憲法9条を変えて交戦権を認めるなら、真っ先に国連憲章の敵国条項を削除しなければ、中国に付け入る隙を与えるだけです。

なぜなら、国際連合は紛争を平和的によって解決することを掲げていますが、当然武力で解決する強制行動を排除しておらず、その場合は、安全保障理事会の許可を得なければ軍事的措置はできないと憲章第53条に規定されています。

しかし、日本を含めた第二次世界大戦時の旧敵国に関しては、例外だと記されているからです。

その文面を載せます。


(略)いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。






つまり中国は、日本に再度侵略されると判断すれば、何の制約もなしに日本を攻撃することができるのです。

死文化されているとはいえ、確実に残っている以上、中国はこの条文を盾に取って軍事行動を正当化できるのであり、真っ先に削除しなければならないのは明らかですが、彼ら戦争屋の工作員は、戦争をしたがためにそのことを言い出さないのです。

この敵国条項と在日米軍が存在している限り、自衛隊は永遠に米軍の下部組織に過ぎないのですが、彼ら戦争屋の手先は、このことに言及しません。

彼らはなぜ、日本の首都東京の制空権を米軍に握られていることに対しても、何も言わないのでしょうか?

百田ら偽装保守は、横田基地の返還や在日米軍の撤退を、嘘であっても検討することさえしない戦争屋の手先なのです。

自衛隊を在日米軍の手足として働かせ、日中戦争を引き起こすために雇われた工作員なのです。

彼がどんな作品を書こうが、どれだけ売れようが構わないが、話題作の全貌を知ってしまったとき、



ぼくは言葉を失った。



本文引用 P408


そして、



その瞬間、ぼくの心に電流が走った。




本文引用 P409


そしてぼくは、言葉の機関銃を携えてお前らと闘うことを決めた。

もしかしたら、言葉のエアガン、いや言葉の水鉄砲ぐらいの威力なのかもしれない。

そして、本物の特攻隊員たちのように、生還の見込みのない戦いなのかもしれない。

でもぼくは、本物の特攻隊員のように、勇気を持って闘うことを決めた。

本物の特攻隊員たちが守ろうとした、未来を生きる子供たちのために。








参考文献(文字をクリックするとアマゾンのリンクに飛びます)

異聞 太平洋戦記 柴田 哲孝 講談社

戦争は奴らが作っている 國際秘密力の研究 船瀬 俊介 ともはつよし社

戦争で儲ける人たち ダン ブリオディ 幻冬舎

闇の世界史―教科書が絶対に教えない ウィリアム・G.カー 成甲書房

ペリー提督日本遠征日記 マシュー・C. ペリー 木原 悦子 (翻訳) 小学館


真のユダヤ史 ユースタス・マリンズ 成甲書房

ユダヤは日本に何をしたか -我が愛する子や孫へ語り継ぎたい 渡部 悌治 成甲書房


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