2018/04/29

子供を褒めて育てるデメリットを挙げてみます 外発的動機付けと結び付くドーパミンの危険性







66RukkoさんによるイラストACからのイラスト 


人間は、他人から褒められれば喜びを感じます。

その理由は、褒められるとドーパミンが分泌され、快の感情が得られるからです。





一部には何も反応しない者や、嫌がる天邪鬼(あまのじゃく)もいますが、基本的に褒められれば悪い気はしません。

このように脳が進化してきたのは、人間が社会的な動物で、一人では生きていけなかったからだと考えられます。

長く続いた狩猟採集時代だけでなく、それ以降の農耕牧畜時代でも、ヒトは一定数の集団を形成し、協力して厳しい環境を生き抜いてきました。

つまり、群れや集落が維持発展できなければ、自己の生命が脅かされたのであり、逆から言えば、群れや集落に寄与し、その集団が維持発展すること自体が自己の生存率を高めたということです。

そのような流れの中で、人間が生得的に備えている、まずは自己の生命を守り発展させようとする自己保存の本能と折り合いをつけながらも、集団に貢献し、集団内の仲間から褒められると、喜びを感じるように脳が進化してきたのでしょう。

これは、群れから追放される恐怖と不可分の関係で、裏返しの感情と言えますが、人間は褒められると脳の報酬系が活性化し、心地よくなるように神経回路が発達してきました。

そのため、子供を褒めて育てることは、属する社会が共有する正しい行為を理解させ、さらには正のフィードバックを働かせるためにも、推奨すべきことのように思えます。

また、多くの成功体験が子供に必要であることは論をまたず、褒められるイコール成功体験とするならば、褒める教育は正しいと考えられます。

そして、何と言っても親からすれば、子供の成長とは掛け値なしに嬉しいものです。

はじめて寝返りを打ったとき、はじめて歩いたとき、はじめて補助輪なしの自転車に乗ったとき、飛び上がるほどの喜びを感じ、誉めそやした親御さんも多いことでしょう。

ただ、必要以上に褒めたり、失敗したときでも無理に褒めるようなことをすれば、以下のような弊害が子どもに起こります。


ありのままの自分ではなく、褒められる自分しか価値がないと思ってしまう。

好きでやっている事を、褒められるためにやっていないと、やめてしまう。

失敗を直視できなくなる。

失敗から立ち直る経験を得られない。


そして、褒める教育で最も危険なことは、褒められること自体が行為の動機となってしまうことです。

このことは実験で証明されています。

褒めるという外的要因によって、好きで取り組んでいる子供の行為が、徐々に他者の評価を求める外発的動機付けに変質していくことが明らかにされています。

つまり褒めることで、活動自体を目的としていた行為が、外部の評価に振り回されるようになり、純粋な喜びや興味を失っていくのです。

子供は何よりも親の喜ぶ顔が見たいのであり、褒められることが続き、さらにドーパミンの放出で拍車が掛かり、それが強化学習のように自律的に機能してしまうと、他者に認めてもらいたい承認欲求が肥大化していくことでしょう。

そうなると、おだてれば喜ぶ人間が出来上がってしまいます。

この褒める行為である飴と、恐怖を感じさせる鞭の両輪を使えば、動物に芸を教え込むように、他者にとって御(ぎょ)しやすい主体性のない人間が完成してしまいます。

このように見ていくと、やはり褒めるのは危険だと結論付けざるを得ません。

子供はあえて褒めなくても、自分が出来た事に手応えを感じています。

そのため、出来たんだね、と認めてあげる事で充分なのではないでしょうか。

またそこから、どのように工夫したの? とか、どのようにしたらできたの? と聞いてあげるのもいいかもしれません。

ただし、そうは言っても、褒めないでいることは難しいものです。

子供が意外な事を知っていたり、できなかったことができたりすると、成長を感じて嬉しいもので、そんなとき私も、


へえ、よく知ってるじゃん。

へえ、よくできたじゃん。


と控え目ではあるものの、つい褒め言葉が出てしまいます。

過剰に褒めなければ、そこまで気にする必要はないのかもしれませんが、この褒められることに価値を置くようになると、他の外的要因であるお金、名誉、地位などにも振り回されるようになります。

人間は社会的な動物で、他者との相互関係の中に生きており、他人の評価を全く無視して生活していくことは不可能です。

食べていく上で、評価の報酬である金銭も大事なものです。

ただ、本当に必要なことは、他人から褒められることではなく、自分で自分を褒めることです。

当然そこには、徹底的な自己批判が求められますが、自分の価値を決めるのは、他の誰でもない自分です。

そして、本当に充実感が得られる行動とは、自分の内から湧き上がる内発的動機づけによるものです。

実現できるかは別として、好きで従事している仕事と、お金のために仕方なくしている仕事を比較すれば、どちらが生の充足を得られるかは火を見るよりも明らかです。

外部が余計な干渉をし、その条件に左右されるようになれば、自分の気持ちを大切にする方法も学べないでしょう。

そのようなことを理解した上で、子供が主体的に人生を歩んでいけるように、闇雲に行動を褒めるのではなく、上手に認めてあげる配慮が必要なのではないでしょうか。







参考文献





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