2018/01/14

間違いだらけの成功本   成功者になるために知っておくべき一番大事なこと






成功 サクセス


Gerd AltmannによるPixabayからの画像 


あなたは成功したいですか? と問われてNOと答える人はいないでしょう。

成功の定義は人によりますが、特に男性は、お金、地位、名誉という俗にいう成功を追い求め、人生を生きていきます。





男性がなぜ、お金、地位、名誉を追い求めるかは、生命の条件と言われる代謝と自己複製から説明できます。

それは、お金、地位、名誉を得ることが、自分が生き延びることと、より良い子孫を残すことに繋がるからです。

まず、単純に地位と名誉はお金に繋がり、貨幣経済における富は、自身が生き延びる確率を高めます。

また、人間が異性を巡って争う性は、潜在的繁殖速度から男性となり、その競争でお金、地位、名誉が指標になるわけは、それらの獲得が優れた遺伝形質を表していると考えられるからです。

さらに富は、女性自身が生き延びるのに必要な食糧の確保に繋がり、子供への様々な投資を充実させることができます。

このように、生物学的な観点からもそうですが、社会的な動物である人間にとって、お金、地位、名誉の獲得は社会に認められた証でもあり、それらの獲得を成功と捉え、追い求めることには理由があります。

そのため、世の中にはこれらに類する数多くの成功本が溢れています。

私も興味があるので何冊も読んでいますが、毎年手を替え品を替えては登場し、消費されていきます。

もしかすると、世の中に流通するほとんどの書籍が、広義には人生に成功するための本と捉えることができるかもしれませんが、巷には成功法則を説く書籍が溢れています。

しかし、これらの成功本に決定的に欠けている事が一つだけあります。

そのことを今から説明します。

ひょんな喩え(たとえ)を用いますが、成功を、精子と卵子の受精と捉えてみることにします。

まず、女性の膣外で射精しても絶対に受精できないように、方法が間違っていたり、目標が漠然としていれば、どんなに努力しても成功することはできません。

また、1回の射精でDNAの異なる数億匹の精子が卵子を目指すように、成功するためには様々な手を繰り出す必要があります。

そして、数々の試練を乗り越えて子宮奥まで進入し、卵子まで辿り着いた100匹前後の精子たちは、卵子を覆う厚い膜を破るために一斉に攻撃するように、成功もまたいよいよ目標が明確に定まれば、練度を高めてきた方法を集中的に繰り出していきます。

最後は、たった1匹の精子だけが受精を勝ち取るように、成功も同じように、たった1つだけの手が、あるとき日の目を見ます。

ユーチューブの動画やブログの記事がバズッたり、著作がヒットするなどです。

しかし、ここで重要なことは、たとえ子宮奥の卵管膨大部まで辿り着いたとしても、排卵のタイミングが悪く、卵子がいなければ絶対に受精できず、いたとしても、卵子の状態が悪ければ受精できないということです。

つまり、どんなに優れた物やサービスであっても、外部環境に適合しなければ成功することができないわけです。

外部環境とは、一般的には適した市場ということになりますが、その他の要因として、タイミングや、運や、誰かの引き立てなどが関係し、成功とは捉え所のないものです。

そのため、成功するために様々な工夫を凝らし、受精でも確率を上げるために手を凝らします

例えば、排卵のタイミングを知るために毎日体温を計ったり、医師の問診で直接卵胞の大きさを確認したり、最終的には、腕の良い医師に頼り、針で直接精子を卵子に送り込む顕微授精を行なうこともあります。

しかしここで重要なことは、どんなに良好な精子と卵子を掛け合わせても、遺伝子レベルで相性が合わず、受精できないことが稀に存在するということです。

つまり、どんなに足掻いても(あがいても)、絶対に成功ができないことがあるわけです。

それは運命の悪戯(いたずら)と呼べるのかもしれませんが、どんなに優れた物と方法を用い、どんなに努力したとしても、成功を掴めないことがあるのです。

まず、この大前提を押さえなくてはなりません。

すべての成功本は、成功方法を説く本のため、当然ですが、読者にできるかもという夢を見させます。

こんな法則がありますよ。同じやり方を用いれば、成功する確率も上がりますよ、と甘言を弄します。

しかしそうではなく、どんなに優れた手であっても、絶対に成功できない場合があるのです。

受精は奇跡だと言われます。

その理由は、数億個の精子の中から、たった一個だけしか成功を勝ち取れないからです。

仮に1億個としても、1億人のマラソンレースで1位を獲得することは、途方もない出来事であることから分かります。

毎年新年の恒例行事となっている、兵庫県・西宮神社で行われる福男レースを見れば分かりますが、たった300人に満たない競争でも、1位を取るのは至難の業です。

同じように世間においても、何を成功とするかにもよりますが、大多数の人間は、私も含めて大きな成功など掴めない可能性が高いということです。

遺伝や環境を論ずる前に、この最低ラインを確実に認識しておかなければなりません。


かし、ここで絶望などしてはいけません。


どん底から大空を見上げ、宇宙の彼方にまで目を見据え、たとえ成功しなくとも、人間は目標を定めたら、やらなくてはならないのです。




卵子の膜である透明帯を破ろうとする精子たち





我々はいつか必ず死にます。

そして、この世は諸行無常であり、何事も生滅を繰り返すように、この大宇宙も、熱力学の第二法則によれば、エントロピーが増大し続けて最終的に熱的死を迎えるとも言われています。

そうであるならば、永遠の記憶、永遠の記録など存在しないのです。

現世での成功はもちろんのこと、後世に名を残すことや、子孫を繋ぐことでさえ、それは一時のことでしかありません。

何も私はここで終末論を振りかざしたり、不安を煽りたいわけではありません。

宇宙の終焉に関しては様々なケースが想定され、永遠に続くとも、多元的であるとの研究もあります。

しかし、宇宙の果てや始まる前が、どんな天才でも分からないのですから、宇宙の未来も人間の認識では及ばない世界です。

そして、宇宙が永遠に続こうがいつか終わろうが、そんなことより大事なのは、いま生きているこの瞬間こそが尊く、現世を全面的に肯定して生きていくことなのです。


棺を蓋いて事定まる

かんをおおいてことさだまる


中国・晋書


という言葉があります。

生前の評価は死後に定まる、という意味であり、画家のファン・ゴッホやセザンヌのように、生前は見向きもされなかった者が死後に脚光を浴びることはあります。

しかしそんなことは関係ないのです。

死後に光が当たろうが、100年後に真の知己を得ようが、生前のゴッホはゴッホであり、セザンヌはセザンヌであったからです。

歴史の審判など必要ありません。

男性も女性もLGBTも、人は成功するしないなどに囚われず、卵子という目的を見つけ出したなら、それに向かって一心不乱に突き進む精子でなくてはならないでしょう。








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