2017/08/28

メタ認知の概念をわかりやすく解説し、その効果と鍛え方を提示します






自分を客観視できるもう一人の自分を育てる方法

Free-PhotosによるPixabayからの画像



目次 読了5分


  1. 注目を集めるメタ認知という概念
  2. もう一人の自分が本体の自分をチェックする行為
  3. 自分を見つめる事でしか見えてこない自分の弱さ
  4. 自らの内に生じた弱さと向き合うために必要なメタ認知
  5. 肉体と精神ではなく精神だけを主体と客体に分ける行為
  6. 他人の視点から自分を観察する行為
  7. メタ認知を備えた人は難しい事柄を簡単に説明できる
  8. 鏡を見ながら自分に語りかけることで獲得できるメタ認知





1 注目を集めるメタ認知という概念



世間では、いまメタ認知という言葉が注目を集めています。

優秀な人は、間違いなくこの概念を自分に当てはめ、物事を処理しているとも言われます。





この言葉を簡単に説明すると、精神を主体と客体に分けるということです。


2 もう一人の自分が本体の自分をチェックする行為



もっと分かりやすく言うと、まず誰にでも自分という存在がいます。そこにもう一人の自分を作り出します。そして、そのもう一人の自分に本体の自分を見つめさせ、チェック機能を働かせるということです。

この言葉について、バンジージャンプを例にあげながら詳しく解説し、そして、もう一人の自分を上手く育てていく方法を提示します。

バンジージャンプとは、伸び縮みするゴム製の命綱を足や身体に括り付け、高所から飛び降りるアトラクションですが、命綱を身体に装着し、飛び降りる位置から下を覗き込むと、誰しもがその高さに恐れをなし、足がすくみます。

ただしその恐怖は、生命が危機を感じたことによる警告なので、厳密には弱さとは言えません。

また、100%安全が保障されたバンジージャンプなどはないため、中止を選択する人が出てきます。

しかし、そこまで来て飛ぶのを断念すれば、他人は飛べたのに、自分は怖じ気づいて飛べなかったという厳然たる事実は残り、自分の弱さと直面することになります。

ただ、ここで飛べなかった自分の弱さを認めることができれば、それは強さに変わります。

飛べなかった自分の弱さを認められることは、心が弱さに耐えられる証であり、現状を的確に把握できる証でもあり、改善への契機であり、飛躍への足掛かりとなります。




3 自分を見つめる事でしか見えてこない自分の弱さ



しかし、自分自身を見つめることができない人は、この自分の弱さに気が付くことができません。

また、心が傷付くことを恐れる人は、自分の弱さから目を逸らしたり、弱さの原因を自分以外のものに求めます。


ここでメタ認知の心の働きが活かされてきます。

この弱さを失敗と言い換えると、身の回りにチラホラいる人間の類型であることに気が付きます。

明らかに自分が引き起こしたミスに対し、知らんぷりを決め込んだり、原因を他人や環境に転嫁し、自分は悪くないとうそぶく人間です。

そこまで極端でなくとも、失敗の責任を自分で背負うことは、やはり難しいものです。

私にも苦い過去がありますし、身に覚えがある人も多いのではないでしょうか。


しかし、弱さや失敗を受け入れられない人は、自分はいいですが周りからは信頼されず、人間的にも成長できず、その前に問題解決に至る道を閉ざしてしまうため、改善できるものならすべきでしょう。




4 自らの内に生じた弱さと向き合うために必要なメタ認知



そのためにまずやるべきことは、自分の内に生じた弱さと、正面から向き合うことです。

そのために必要なのがメタ認知であり、その方法をいまから説明します。

人間は、水面や鏡に映る自分を見て、そこに自分がいることを認識できます。

鏡がもし身近にあるならば、自分の顔を映し出してください。


そこに存在するのは、肉体を持った生身の自分と、その肉体を見つめているもう一人の自分です。



5 肉体と精神ではなく精神だけを主体と客体に分ける行為



このように、肉体と精神を、主体と客体に分離することは比較的容易ですが、精神だけを、主体と客体に分けることもできます。

前述したように、弱い自分に出会ったとき、弱い自分の本体と、その弱い自分を見つめることができる、もう一人の自分が必ず隠れています。

これは、二重人格やドッペルゲンガーとは違うもので、自分を客観視するもう一人の自分のことです。

バンジージャンプの場合だと、


「ああ怖いな、どうしよう」



としか思えない人がいる一方で、


「ああ俺ビビってるな」


と思える人がいます。


この後者が、もう一人の自分を発動している状態であり、ここには、ビビっている自分と、ビビっている自分を認識しているもう一人の自分がいます。

これが、いま脚光を浴びている「メタ認知」の概念です。



6 他人の視点から自分を観察する行為



metaとは、「高次の・超・含む」といった意味であり、高い次元から自己を認知することです。

この精神を主体と客体に分けることは、自分を徹底的に分析するために必要な作業となります。

そして、このもう一人の自分を育てるということは、他人の視点から自分を見るということです。



7 メタ認知を備えた人は難しい事柄を簡単に説明できる



例えば、頭の良い人が書いた文章は、難しすぎて分からないと言われることがあります。

これは、その人がメタ認知を備えていないから起こりうることであり、本当に頭の良い人とは、他人がどうのように自分の文章を読み進めていくかという第三者からの視点、つまりメタ認知を通じ、分かりやすく文章を記すことができるのです。

天才と言われたアインシュタインに次のような言葉があります。



6歳の子に説明できなければ、その事柄を理解したとは言えない。

If you can't explain it to a six year old, you don't understand it yourself.





つまり、難しいことを難しくしか説明できない人は、仮の言葉で語っているだけに過ぎず、本人が理解していないか、もしくはメタ認知を備えていないかになるでしょう。

もう一つ、アインシュタインの言葉として広まっていますが、実際はイギリスの経済学者・E ・F・シューマッハーが語った言葉に次のようなものがあります。


知的な馬鹿は、物事を必要以上に大きく、複雑に、また凶暴にする。

Any intelligent  fool  can  make  things  bigger,  more  complex,  and  more  violent.




引用 Small Is Beautiful: E. F. Schumacher


もっとも、アインシュタインの特殊・一般相対性理論が6歳児に理解できるかは疑問ですが、メタ認知を備え、自分が他人からどのように見えるのかといった客観的な視野を獲得することは、今の自分をなりたい自分に変えていくことはもちろんのこと、他者に対する知性ある配慮のために必要だと思われます。



8 鏡を見ながら自分に語りかけることで獲得できるメタ認知



そして、このもう一人の自分を育てることは、簡単にできます。

その方法を今から説明します。

それは、鏡を見ながら、自分自身に語りかける行為を、毎日繰り返すだけです。

鏡の中で声を発し、自分の精神によって産み出した言葉を見聞きしながら、それを見聞きしているもう一つの精神である自分を、訓練によって明確に分ける癖をつけておくと、自分の弱さに直前したとき、その弱さと正面から向き合うことができるようになります。

本当の自分は、自分では分からないと言われますが、この訓練を続けていくと、次第に自分自身が見えてくるはずです。


そして、どんな状況に陥っても、自分の精神状態を冷静に観察できるようになるでしょう。ただそこで、
感情のコントロールができるかどうか、またすべきかどうかは、別の問題となるでしょう。

世間ではメンタルヘルスの重要性が叫ばれ、それと同時に各々のメンタルを強化することにも注目が集まっています。

そのような状況において、自身のメンタルを的確に把握することは何にも増して必要になってくるでしょう。






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