2017/07/21

風姿花伝の言葉「秘すれば花なり」の意味を現代の事例から分かりやすく説明します






秘すれば花 世阿弥 風姿花伝 花伝書

能面 小面(こおもて) 
撮影者 Sailko  Wikimedia Commons  CC BY 3.0



室町時代の能役者・世阿弥は、芸術論を記した風姿花伝(花伝書)を後世に残しています。

その中に、


秘すれば花なり


という言葉があります。





この言葉の意味は、隠すことによって重要性が増すということです。

そのことを、人間が持つ「好奇心」を例に上げて説明します。

作家・松谷みよ子氏の有名な絵本である「いないいないばあ」は、長年愛され続けているベストセラー作品で、どんな赤ちゃんも気に入るといわれています。

本の内容は、顔を両手で隠し、いないいないばあ、という掛け声と共に両手を開き、ただ顔を見せるだけの単純なものですが、たったこれだけで、赤ちゃんはキャッキャッと顔を綻ばして笑います。

これは、顔を手で隠すことによって、その未知の部分に対する興味が大きく膨らみ、それが開示されることで、抱いた好奇心が満たされ、満足していることを意味しています。

つまり隠されることで、対象により興味を抱くということです。


隠すことによって、その対象が可憐な花に見えてくる。


秘することで花となる、ということです。

次に本の読み聞かせについて考えてみます。

幼少期における豊富な読書体験は、名を残した科学者など必ず共通項として挙がります。

親の側で話を聞きながら、自分の頭をフル回転させて映像を作り出し、この話はどのように続いていくのかと好奇心が刺激されていきます。

つまり、先の話が隠れていることで好奇心が刺激され、追い求めたい花となり、成長してからも、隠された真理を追い求める花と定め、探究という挑戦の道に進んでいくということでしょう。

そして、人間において隠れているものといえば、生殖器と排卵期になります。

ヒトという種族は、性器や排卵の時期を隠している特殊な生き物です。

人と共通の祖先を持つボノボとチンパンジーは、言うまでもなく裸で生活をしています。

また、ボノボの雌には偽の発情があるものの、チンパンジーとボノボの雌は、排卵が近づくと性皮と呼ばれる外陰部をピンク色に膨張させ、雄に発情期であることを知らせます。

他にも、雌から嗅覚的な信号であるフェロモンが強く発せられ、さらにチンパンジーの雄は、雌の性器に指で触れ、その匂いから本当に妊娠可能かを調べることもあります。

我々人間は、有性生殖の核心となる交尾を、性器や排卵期を隠すことで難しくしているのですから、何らかの理由(選択圧)でそうなったとしても、人間には、「隠れているものを暴きたい」という資質が備わっていることになります。


秘すれば花なり


この言葉は人間を貫く法則だと思われます。




レイ5100さんによる写真ACからの写真 



そして、その隠れた対象を暴くために、想像力を駆使してきたことは、人間の一面に違いありません。

ただし、秘され続けると、それは花ではなくなります。

そのことを子供たちが遊ぶ「かくれんぼ」で考えてみます。

隠れた友達を探している子が、はじめは「どこにいるかな」とか「どんなところに隠れているかな」と好奇心を持って探します。

しかし、いつまで経っても見つからないと、子供の好奇心は萎(しぼ)み、探すのを諦めてしまいます。

このことは「いないいないばあ」についても当てはまり、顔から手が一向に離れなければ、赤ちゃんは好奇心を失っていくでしょう。


逆にそれと同時に、かくれんぼであまりにも分かりやすい場所に隠れていると子どもは面白くなく、それは花でなくなります。

これは、謎解きなどで出された問題が簡単だとつまらなく感じ、難し過ぎると挫けてしまうのと同じかもしれません。

筋トレにおいて、負荷が小さいと意味がなく、負荷が大きすぎると筋肉が壊れてしまうのも同じことかもしれません。

また、簡単に手に入るものに価値を感じず、苦労して手に入れた物に愛着や魅力を感じることと同じかもしれません。


つまり、秘すれば花である条件とは、開示されることが前提となっているということです。

どうあってもお披露目されない秘仏、どうあっても手に入らない物、どう努力しても届きそうにない目標、どうあがいても勝てそうにない強敵は、多くの人にとって花にならないということです。

しかし、一部の人間にとっては、ほんのわずかな可能性こそが、望みの大輪となるのかもしれません。














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