2017/04/29

学力向上の目的は生きる力を育むこと そのために子供にナイフを与えて鉛筆を削らせてみましょう。







ナイフ


acworksさんによる写真ACからの写真 



第二次世界大戦の終結を知らず、戦後何十年もフィリピンのジャングルで生活していた元日本軍人の小野田寛郎氏は、再びサバイバル生活に放り込まれたとして、もしその時道具を一つしか持てないとしたら何を選ぶかという問いに対し、迷わずナイフを選択すると答えています。

それは何故か?

その理由は、火を起こすために必要だからと答えています。





人類が火を使用し始めた時期は確定していませんが、猿人に次いで登場した原人(ホモ・エレクトス)が、落雷・噴火・化学反応などによる火災から、松明にするなどして火を持ち帰ったのが起源だと推測されています。

そして、この火の使用は人類に革命をもたらしました。

獣や虫を遠ざけたり追い込んだり、食糧を加熱調理することで吸収率を高めたり病原菌を殺傷したり、明かりとして用いて夜間の活動を可能にしたり、暖を取ることで寒冷地への移動を可能にしたりと、人類の繁殖力を飛躍的に上昇させました。

その中でも特に、デンプンを含む植物を加熱調理することで、その堅牢な細胞壁を破壊させ、脳のエネルギー源であるブドウ糖を、ヒトの消化酵素(アミラーゼ)で容易に分解して摂取できるようになったことが、脳の発達を大きく促したとも考えられています。

しかし、人類が自ら火を起こすのは当分先のことで、数万年とも言われる長い年月の間、自然界の種火だけを源とし、焚き火にして保存することで継続利用していました。



焚き火 炎


PexelsによるPixabayからの画像 


その後、ホモ属たちの不断の創意工夫により、衝撃を利用した火打石による方法や、摩擦を利用した木材同士を擦り合せる方法などにより、自ら火を創り出すことに成功しました。

前置きが少し長くなりましたが、小野田さんは、人類に不可欠な火を発生させるのに必要な、先端を尖らせた錐もみ式の火起こし棒を作るために、たった一つの道具として絶対にナイフを選ぶと述べています。


サバイバル生活においては、ナイフは火を起こす道具を作るだけでなく、肉や魚を刺す串を造り、ひいては獲物を殺傷して解体し、また釣り針を造り、果実を切り取りと、実に様々な用途に必要となります。

サバイバル生活だけでなく、我々の身の回りにある人間が造り出したすべての物は、必ず切るという工程を経ています。

それだけ切る基本となるナイフは大切だと小野田氏は述べています。

第四次世界大戦は棒と石で戦われるだろう、というアインシュタインの言葉がありますが、愚かにも戦争を止めない人類は、いつ核兵器の応酬にならないとも限らず、石器時代に戻る可能性を常にはらんでいます。

もし石器時代に戻ったとして、そのときにナイフがなければ、生き残った者たちは、初期の人類のように石を鋭利に加工して刃物を創り出すしかありませんが、切れ味の悪い石器の取り扱いは相当難儀することが予想されます。

ですから、未来の人類のために、タイムカプセルにナイフを埋め込んでおきましょう、というのは悪い冗談ですが、
昔の子供たちは、一人一本自分のナイフを所持し、鉛筆を削ったり、竹トンボを作ったり、その他工作をしたりと、様々な用途にナイフを使っていました。

そして小野田氏は、今の子供達も、昔の子供達のように小さいうちからナイフを使用させることを主張し、子供がナイフを使うことの効用について、幾つか挙げています。



1つ目は、ナイフには様々な持ち方があり、用途に合わせて削り方を考えることで、創意工夫ができる人間に育つ。


小野田氏は、知識は応用できなければ役に立たず、創意工夫のできる人間になることが大切だと述べています。


2つ目は、危険な物を遠ざけるのではなく、何が危険なのかを教えて使わせることで、かえって危険が少なくなる。


確かに、原子力のように有用で力のあるものは、一方では危険です。

権力を持つ政治家が、国民を幸せにすることも不幸にすることもできるのも同じでしょう。

好きな恋人とセックスをしたいと思ったり、お互いの子供をつくりたいと思う一方で、望まない妊娠や性病の危険があることも同じことかもしれません。

このように、一歩間違えれば危険なことはタブー視せずに、積極的にその危険と有用性について教えていくべきです。


3つ目は、脳に障害を持つ患者のリハビリに、手で胡桃やボールを握る方法があるように、ナイフを使って手を動かすことは、脳の発達を促す。


事実、「ペンフィールドのホムンクルス」と呼ばれるコビトの人形があります。






撮影者 Dr. Joe Kiff    原典 Psychology Wiki
CC BY-SA 3.0



これは、人間の身体の中で、どの部位がどの程度、脳の感覚を司る感覚野と運動を司る運動野に対応しているかを表したものですが、手が圧倒的に大きくなっています。

この人形模型では、赤が感覚野(SENSORY)で、青が運動野(MOTOR)となっています。

つまり、手にはそれほど繊細な神経細胞が存在し、手を刺激することは、脳を刺激することになるのです。


人類が手を発達させる契機となった直立二足歩行の起源は、限られた資源を運ぶためや、水辺での生活に移行したためなど、様々な仮説が唱えられていますが、人類は頻繁に両手を使い始めたことにより、他の動物とは違い、手を発達させるきっかけと、重い頭部を支える準備ができました。

このように、手と脳は密接に関連しています。


ではここで、子供にナイフを与え、鉛筆を削るよう促すことについて考察してみたいと思います。

最近、私の子供の鉛筆削りが手動から電動に変わりました。

私が子供の頃はカッターで鉛筆を削っていましたので、刃物の扱いは今の子供よりも慣れたもので、そこから発展してリンゴの皮剥きを早いうちから行うようになり、お腹が空いたときは包丁を取り出し、自分で切って食べていました。

このように、小さいうちから刃物を使うことに、私は賛成です。

しかし、鉛筆削りが自動になるなどの技術の進歩を止めることは出来ませんし、その便利さを享受しようとする人間も止めることは出来ません。

今さら、全自動の洗濯機を二層式の洗濯機に取り替える人が一部の人を除いていないように、便利さは人間に余暇をもたらし、豊かな人生を送る機会を与えてくれます。

何が豊かなのかや、現代人の忙しさは変わっていないなどはここでは置いておくとして、洗濯板を用いて手で洗っていた時代から比べると家事の時間は大幅に短縮され、その時間で違うことができるようになりました。

このように、鉛筆削りが手動から電動に変わることは喜ばしいことと捉えても構わないと思いますが、親は、ナイフやカッターで鉛筆を削る方法があることを早いうちから教えるべきでしょう。

それは、小野田氏が述べる以外にも理由があります。


私が考える理由は、物事を成し遂げる方法は、多様にあるということを学ばせるためです。


鉛筆を削るのに、電動も手動もあり、ナイフやカッターのような刃物でも出来ることを教えることが出来ます。

今の子供たちは、ナイフで工作する機会はあまりないと思います
が、危険で威力のあるものを与えて管理させることは、責任感の醸成と任された喜びに繋がることがあります。

ですから、キャンプや釣りへ頻繁に行く子供だけでなく、普通の子供たちにも、充分考慮したうえで専用のナイフを与えるのもよいかもしれません。


ハサミはそれほど危険ではないため、早いうちから使わせた方がいいでしょう。


バカとハサミは使いよう、といった言葉もあるように、特にまだ手先が上手く使えない子供にとって、ハサミの使用は工夫が必要となるので、早ければ早いほうがいいでしょう。


包丁は子供用の安全なものがありますから、早いうちから買い与え、教えるべきでしょう。


料理は、まさに人間にとって不可欠な刃物と火を自由自在に使います。

様々な食材を様々な形に切り刻み、煮たり焼いたり炒めたり揚げたりと、人間の進化の過程を再現します。

さらに、料理全般を通し、献立や材料などの段取りを考えて実行していくことにより、脳が活性化されます。

ですから、小さいうちに包丁を通して料理に触れさせることは重要です。

女の子だけでなく、男の子にも、厨房に立たせるべきでしょう。

男子厨房に入らず、という言葉は、もはや通用しません。


指揮者の小澤征爾氏は、フランスに滞在していた若い頃、魚をさばけるということで、周りの日本人から大変重宝がられたという話があります。

これらの刃物を持たせる時期は、根拠はありませんが、包丁や鉛筆削りのナイフやカッターは、小学校の一年生ぐらいが目安となるでしょう。

ハサミは、これも根拠はありませんが、四歳ぐらいからでいいと思います。

しかし、あくまで個人差がありますので、年齢にあまりこだわることなく、興味が向かう時期なども考慮して決めるべきでしょう。

そして、刃物はやはり危険が伴いますので、初めのうちは親の目の届くところで使用しなければなりません。

特に下の子に赤ちゃんがいたりすると大変危険であり、万が一ということもありますので、下の子が大きくなってから使い始めるのでもいいと思います。


もし専用のナイフを与える場合、喧嘩の武器として使用しない子か充分見極め、さらに教育していかなくてはなりません。

以上をまとめますと、小さい子供のうちから刃物を使うことには多くの効用があり、その危険を管理しながら、使用方法を教えていくと良いでしょう。

本記事の題名は「学力向上」と謳っているものの、勉強に関する話が一切出てこず、刃物の話を中心にしています。

しかし、ナイフを用途に合わせて削り方を考えることや、ナイフを使って手を動かして脳を刺激することや、物事を成し遂げるには多様な方法があることなどを教えることは、学力向上に必ず繋がるはずです。

そして学力向上の真の目的とは、自分や他者に降りかかる問題を解決する能力を育むことでもあり、また生きる力を身に付けてもらうことにもあるはずです。






参考文献

「糖」が解き明かす人類進化の謎---なぜヒトの脳は大きくなったのか 林 俊郎 日本評論社



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