2017/04/29

学力向上の目的は生きる力を育むこと そのために子供にナイフを与えて鉛筆を削らせてみましょう。







ナイフ


acworksさんによる写真ACからの写真 



第二次世界大戦の終結を知らず、戦後何十年もフィリピンのジャングルで生活していた元日本軍人の小野田寛郎氏は、再びサバイバル生活に放り込まれたとして、もしその時道具を一つしか持てないとしたら何を選ぶかという問いに対し、迷わずナイフを選択すると答えています。

それは何故か?

その理由は、火を起こすために必要だからと答えています。





人類が火を使用し始めた時期は確定していませんが、猿人に次いで登場した原人(ホモ・エレクトス)が、落雷・噴火・化学反応などによる火災から、松明にするなどして火を持ち帰ったのが起源だと推測されています。

2017/04/21

禁煙の方法 気合いと根性の効用を考えてみる






煙を出しているタバコ


Ralf KunzeによるPixabayからの画像 



私がタバコを止めようと思ったきっかけは、子供でした。

妻の妊娠が判明し、取り敢えずは台所の換気扇付近で吸っていたものの、次第にベランダへと追いやられ、俗に言う蛍族になってからも吸い続けていましたが、やがて赤ちゃんが産まれ、ヤニ臭い手で子供を抱くことに抵抗を感じ始め、禁煙を考えるようになりました。






当時、普段吸っているタバコが美味しいか美味しくないかを問われたら、どちらでもなく普通の味だと感じており、単なるニコチン中毒の状態で、喫煙は惰性で行っていた感はありましたが、食後の一服だけは何物にも代えがたい至福の時であり、これを奪われることは、人生においてとてつもない損失だと思っていました。

2017/04/17

パチンコ・パチスロの依存症から劇的な方法で脱出する 「毒を以て毒を制す」






3つの7であるスリーセブンが揃ったパチスロ台


エビン_■パチスロ特化■さんによるイラストACからのイラスト 



禁煙、禁酒、禁ゲーム、禁ギャンブル、禁スマホなど、一旦は決意したものの、なかなか辞められない人も多いのではないでしょうか。

本人はやめたいと思っていても、脳内は快楽を覚えているからだと言われます。




特にパチンコやパチスロの場合、大きな音響や派手な演出が、快楽の元となるドーパミンやベータ・エンドルフィンの放出を加速させ、依存症から抜け出せなくなることが多いようです。

2017/04/15

危機管理能力が子どもに身に付く方法を考えてみます






危機管理能力 突発的


milkteaさんによるイラストACからのイラスト 


危機管理能力を高めることは、個人でも組織でも大切なことです。

テロや災害といった突発的な危機が起きた時、慌てずに日々の業務が遂行できるよう、事前に計画しておくだけでも違います。






組織における事前準備は、事業継続計画(BCP)と呼ばれるものがそれです。

広く解釈した言葉の意味は、


災害や事故などが発生した場合に、企業や行政組織が基幹事業を継続したり、早期に事業を再開するために策定する行動計画。


引用 コトバンク 小学館デジタル大辞泉


であり、(Business Continuity Plan)の言葉通り、危機に陥ってもビジネスを継続し、生きながらえていく計画のことです。

2017/04/13

おすすめの恋愛映画「ビフォア・サンライズ(恋人までの距離)」の会話から、モテ男とチャラ男の違いについて考察します






男性が左手に花束を持っている


Free-PhotosによるPixabayからの画像 



恋愛映画「ビフォア・サンライズ」は、イーサン・ホーク演じるアメリカ人の青年と、ジュリー・デルピー演じるフランス人の女学生が、ヨーロッパの長距離電車内で隣り合わせに座り、会話を重ねていくところから始まります。

そして、二人で一緒にウィーンで下車し、朝まで街を散策していく物語となっています。

このようにストーリーは起伏のないものですが、ウィーンの歴史ある街並みを背景に繰り広げられる、二人の当意即妙な会話が、この映画の醍醐味です。






この映画を見終わったあと、私は主人公のアメリカ人ジェシーに嫉妬しました。

なぜなら私には、ジェシーのような洒落た・洗練された・気の利いた会話が出来なかったからです。

私も若い頃、ジェシーと同じようにヨーロッパへ旅行し、スイスのジュネーブからフランスのパリに向かう電車の中で、同じくパリジェンヌと隣り合わせになりました。

男と女が出会えば、たとえ国が違っても恋の花咲く事もある、などと期待したわけではありませんが、もちろん話し掛けました。

当時の私は、この映画のジェシーのような確固たる人生観もなく、話の糸口はフランスについてでした。

その頃のフランスに関する私の知識と言えば、エッフェル塔・凱旋門・ナポレオン・プラティニ・シャンパンサッカー・セーヌ川・ルーブル美術館・フランス料理・フランスパン・ラスコーの壁画・シャネル・蚤の市ぐらいのものでした。

今は多少知識も増えましたが、皆さんはどれくらいキーワードが思い浮かび、どれを会話の糸口として使いますか?

しかし考えるに、学生時代の世界史の授業は何だったのでしょうか。

主体的に学んでいなかった自分が悪いのですが、こういうときに役に立たなくて、どうするんでしょう。

なんて愚痴を言っても仕方がありませんが、当時の私は、拙い知識と英語で、パリジェンヌとの会話を進めていきました。


行く予定であったパリの蚤の市の事や、食べたことのないフランス料理の事などを話したでしょうか。

その後、案の定会話に詰まりました。

そして沈黙の時間が流れたあと、困った私の口から出た言葉は、



「あなたは香水は好きですか?」


でした。


オーマイガッ!

OH!MYコンブ


フランスと言えば香水だと思ったのでしょうか。

確かにフランスでは、香水と呼べるものが、オードトワレ、オーデコロン、パルファムと、濃度や持続時間により言葉が分類されており、日本よりも香水に対する意識が洗練されています。

しかしそのことは、香りが必要であったお風呂に入らない歴史
や、アジア人と比べて強い体臭を持つことの裏返しでもあります。

フランス人をはじめとした欧米人は、今でもお風呂に入る回数が少ないと言われ、それも簡単にシャワーで済ますことが多いようです。

また、フランスといったロマンス語に括られるラテン系は基本的に肉食文化と言われています。

他にも、17世紀から18世紀にかけて、豪華絢爛なベルサイユ宮殿では、着飾った紳士淑女が集い、夜ごと舞踏会が開かれていましたが、実はおまるで用を足し、排泄物を宮殿の庭に捨てていたのは有名な話です。

このような歴史から香水が発達したということを考えれば、私が彼女に投げ掛けた、「香水は好きですか?」という問いは、もしかして「あなたは臭いですか?」と同じことだったのかもしれません。

この過ちに気づいたのは、帰国後に旅行を振り返ったときでした……


日本の皆さん、誠に申し訳ありませんでした。


もっとも歳を取った私も、子供たちから言われるように加齢臭が気になるところであり、この体臭というのは人間のフェロモンにも関係し、文化、性差、個人差、そして自らの嗅覚など様々な要因が関わってきます。

もっとも、「香水が好きですか?」と聞いただけで過敏に反応されてしまえば、議論も何もできなくなってしまうのは確かであり、またこの時、フランス国民のCHANELの5番についての認識など、もっと深い話をしておけば良かったとは思います。

ここらで話を映画に戻しましょう。

電車の中で意気投合した二人ですが、電車がウィーンに到着し、ジェシーが降りるために別れがやってきます。

しかし、一度は電車を降りたジェシーですが、セリーヌを誘いに電車へ戻ってきます。

そのときシャレオツなジェシーが発する文句がニクイのです。


「今から10年か20年後、君は結婚している。結婚生活はかつての情熱を失った。君は夫のせいにし、昔出会った男たちのことを思う。その中で誰かを選んでたらと……例えば僕だよ。これは未来から現在へのタイム・トラベル。若い頃失ったかもしれない何かを探す旅」


Think of it like this: jump ahead, ten, twenty years, okay, and you're married. Only your marriage doesn't have that same energy that it used to have, y'know. You start to blame your husband. You start to think about all those guys you've met in your life and what might have happened if you'd picked up with one of them, right? Well, I'm one of those guys. That's me y'know, so think of this as time travel, from then, to now, to find out what you're missing out on. 



引用 作中


キャー!!!

男の私でもイチコロな名文句であり、まるでタンチョウの求愛ダンスのように言葉が躍動しております。

そのジェシーの殺し文句に、電車でバタイユの小説「マダム・エドワルダ」を読み、ソルボンヌに通う才女のセリーヌは、やられてしまい、一緒にウィーンで下車することになります。


この先は映画でお楽しみください。


では、冒頭に私が提起した、会話の上手な男とチャラ男とを分かつものは何か、考察してみたいと思います。

会話が上手な人は、大抵ユーモアがあります。

場を和ませる諧謔(かいぎゃく)が会話に出てきます。

しかし、チャラい男の代表格であるナンパ師も、女性の警戒を解くためのユーモアを備えています。

それでは、ユーモリストであることではなく、会話の上手な男とチャラ男との違いは何なのでしょうか?

それは、幅広い知識に裏打ちされた教養を、状況に応じて会話に含ませることができるか、だと思います。

つまり、機転のきいた知性が見え隠れする、ウィット(wit)やエスプリ(esprit)に富んだ会話が使えるかでしょう。

先ほど引用したジェシーの殺し文句は、2ちゃんねるの就職版に書き込まれた以下の言葉と似ています。



10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。今やり直せよ。未来を。10年後か、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今。


引用 2ch 就職版


この映画と2chの発言のどちらが先か、もしくは他にオリジナルがあるのか分かりませんが、このような言葉を自分の中で血肉化し、必要に応じてアウトプットできることが、会話上手の条件なのではないでしょうか。

もちろん、教養を自由自在に操るチャラ男もいるはずですが、ここでは置いておきましょう。


まとめ


セックスに教養は必要ありませんが、恋の駆け引きには、


機知

その場に応じて、とっさに適切な応対や発言ができるような鋭い才知。


出典 コトバンク 小学館 デジタル大辞泉について


が必要であることを、この映画から学び取れます。

いやもしかすると、性交中の言葉責め攻めがエロティシズムを掻き立てることを考えると、人間のセックスには、獣の交尾とは違い、教養や機知が必要なのかもしれません。








引用紹介映画





2017/04/08

死の恐怖を感じるバンジージャンプから得られるもの 勇気とその先にある自分







茨城県・竜神大吊橋でのバンジージャンプ

茨城県・竜神大吊橋でのバンジージャンプ

サンサンさんによる写真ACからの写真


「怖いもの見たさ」


という心理が人間にはあります。

これは、人間が持つ好奇心などで説明できますが、「怖いもの見たさ」と聞いて私が脳裏に浮かぶのは、小学生のとき、放課後にコックリさんをしたり、夏に皆で集まって怪談話をした事かもしれません。






今回はバンジージャンプの話であり、私は東京都稲城市のよみうりランドで行ったのですが、この時の動機は、純粋な好奇心からと、飛んだ後の自分の変化を知りたかったからでしょうか。

バンジージャンプの起源は、ニューカレドニアの北に位置するバツアヌ共和国で行われている、木で組み上げた高いやぐらから、命綱のツタを足にくくりつけて飛び降りる、ナゴール(Naghol)から来ています。

ナゴルは、翌年の山芋の豊作を祈る儀式ですが、少年の通過儀礼(イニシエーション)でもあります。

少年たちは、大人たちよりも低い位置から飛ぶのですが、このナゴルで少年たちは勇気を試され、飛ぶことができたら、一人前の男として認められるものです。

私がバンジージャンプの体験をしたとき、上の飛ぶ位置に辿り着くため、鉄骨の長い階段を上り、てっぺんに着いてから下を覗いたとき、背筋がゾーと凍りました。

これは、自己の生命が脅かされ、防衛本能が発動したことによる恐怖ですから、厳密には弱い心とは言えませんが、この恐怖を克服するには勇気が要ります。

そして、人生での困難や危機を乗り越えるには、勇気が必要です。

話は変わりますが、第二次世界大戦の終結を知らず、その後ジャングルで30年も戦っていた軍人の小野田寛郎氏が提唱する教育法として、自分の弱さと強さを感じさせるために行っていたカリキュラムがあります。

それはキャンプにおいて、暗闇の山道を子供たちに歩かせるというものです。

真っ暗な森の中で、小さな光を目印に歩いていくのですが、辺りは何も見えないため、大人でも怖さを感じます。

この怖さは、普段人間が得ている情報の8割から9割が視覚によるものだからです。

いつも頼りにしている視覚からの情報が遮断され、当然怖さを感じますが、やがて時間が経つと、聴覚や触覚など他の五感が働くようになり、また暗闇で瞳孔が開いてくると、周りのものが見えてくるようになります。

このように暗闇の山道を歩くことで、人間の弱さを感じさせ、そして勇気を振り絞って進むにつれ、人間の持つ強さを感じさせるプログラムを生前の小野田氏は思いつき、自然塾で行っていました。

これを一歩進め、死の恐怖という人間の持つ弱さを認識し、それを克服する勇気を試す機会のバンジージャンプは、若いうちに挑戦してみる価値があります。

ではここで、勇気に関する名言を幾つか挙げてみます。



富を失うものは、多くを失う。
友人を失う者は、さらに多くを失う。
しかし、勇気を失う者は、全てを失う。


He who loses wealth loses much; he who loses a friend loses more; but he that loses his courage loses all.

ミゲル・デ・セルバンテス(スペインの作家)



財産を失うことは、いくらかを失うことである。
名誉を失うことは、多くを失うことである。
しかし、勇気を失うことは、すべてを失うことであり、生まれてこないほうが良かったであろう。

Money lost, something lost. Honor lost, much lost. Courage lost, everything lost-better you were never born.

ゲーテ(ドイツの作家)



もしも、この世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。

We could never learn to be brave and patient, if there were only joy in the world.

ヘレン・ケラー(アメリカの盲ろう者)



勇気がなければ、他のすべての資質は意味をなさない。

Without courage all other virtues lose their meaning.

ウィンストン・チャーチル(イギリスの政治家)



人は何度やりそこなっても、「もういっぺん」の勇気を失わなければ、必ずものになる。

松下幸之助(日本の実業家)



バンジージャンプを試すことで、死ぬかもしれない恐怖を体験し、自分の弱い心を知り、勇気を出してその恐怖を克服し、実際に飛べれば、自己肯定感に繋がります。

たとえ直前に止めたとしても、死ぬかもしれない恐怖を経験できたことは、必ず活きます。

人生には数々の恐怖が襲ってきます。

そのときに、事前に大きな恐怖を経験して慣れておけば、いくぶん対処がしやすくなります。

また、直前に尻込みして飛ぶのを中止したとしても、その自らの弱さを認めたとき、それは強さに変わります。

そして一番大事なことは、死を自覚することは、生を自覚することだからです。

生と死は表裏一体で、一如(いちにょ)の関係です。

戸塚ヨットスクールで知られる戸塚宏氏は、脳幹トレーニングという方法で、数多くの情緒障がい児を社会復帰させてきました。

その方法とは、質の高い不快感を与える、つまり生死に関わる体験をさせ、人間の生命維持機能を司る脳幹を鍛え、生きる力を回復させるものです。

やり方は簡単で、ただプールや海に板を浮かべ、その上で子供を遊ばせるだけです。

落ちたら窒息して死ぬかもしれない恐怖が、生きる本能を呼び覚ますのです。

不幸にも訓練生が亡くなる事故があり、その手法に批判もありますが、戸塚氏はこの方法で、非行、不登校、家庭内暴力を起こす子供たちを再生させてきました。

同じように、生きるチカラを呼び覚ます方法として、死を身近に感じるバンジージャンプを試してみる価値があると私は思います。

もし可能であれば、バンジージャンプよりも、崖から海に飛び込むほうが、より強烈に死と生を感じられるでしょう。

私には怖くてできませんが、命綱なしで、高い崖から海に飛び込むコンテストがあります。

レッドブルが主催するクリフダイビングという競技です。

2016年には、和歌山県にある白浜の三段壁で実施されました。




和歌山県の白浜三段壁



mr93さんによる写真ACからの写真


この競技は、崖の上から命綱なしで飛び込むのですが、実際人生にも命綱があるようでありません。

地域の共同体は崩壊し、最後のセーフティネットである生活保護の受給は簡単ではなく、一度ホームレスに転落すると、住所がないために仕事も探せず、なかなか這い上がれなくなります。


このように、命綱のない人生を渡っていくために、勇気や生きる力を養わなければなりません。

そのため、若いうちや成人してからも、死の恐怖を体感し、その恐怖を勇気で克服する鍛練のような、生きる力を養っていくことが重要なのです。


ぜひともお子様に、バンジージャンプをやらせてみてください。

ただし、万が一の危険があることも必ず知らせ、またそれとは別に、人間が生きるということは、常に何らかのリスクが存在することも教えてあげるべきでしょう。








参考文献




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2017/04/05

初産夫婦におすすめの育児書「定本育児の百科」 優しく語りかけてくれる小児科医・松田道雄さん  






仰向けで寝そべる笑顔の赤ちゃん


FineGraphicsさんによる写真ACからの写真 





育児に関する情報は幾つもあり、初めて子供を出産した場合、どの情報源を頼ればいいか迷ってしまうケースも多いでしょう。

特に母親は、まだ体力が完全に回復していないときに、育児という未知の世界に放り出されることになります。




海外では、英国王室のキャサリン妃が産後すぐに退院したように、出産に伴う入院期間が短い国が多いようで、平均して5、6日入院する日本はまだ恵まれているのかもしれませんが、核家族化や晩婚化で夫しか頼れない人も多い中、もう少し何か違った形でのサポートがあっても良いのではと思います。

そして、退院後に待ち受けているのは、体力勝負の日々です。

眠い目を擦りながら、意志疎通が出来ない小さな赤ちゃんに対し、おっかなびっくり母乳やミルクを与え、授乳が終われば、まだ据わらない首を抱えながらゲップを出さなければなりません。

すべてが手探りの中で、何かを頼りにしていかなければなりませんが、まずは自分の母親になると思いますが、記憶が不確かだったり、また実母と義母の言うことが違ったりして、対応に困ることがあるかもしれません。

そんなとき頼りになるのは活字や動画であり、本やネットで情報を得ることになりますが、いざどれかを選ぼうとすると選択肢が多いことに気がつきます。

ネットには玉石混交の情報が溢れ、本は何種類も出版されています。


その中で一体どれを選べばよいかですが、私は小児科医の松田道雄氏が記した「定本育児の百科」をお薦めします。

この本は、1967年に初版が出され、改訂を重ねながら現在でも一定の支持を得ており、結婚祝いや出産祝いに贈られることがある本です。

著者は、育児に自信を持って大丈夫だよ、と読者へ愛情を持って語りかけてくれ、不安を払拭してくれます。

よく泣いて困らせる子もいれば、いつもぐっすり寝て楽にさせてくれる子もおり、赤ちゃんにはそれぞれの個性があり、普段赤ちゃんと一番接している親が、たまにしか問診しない医師よりも分かっているはずである、大丈夫心配しないで、育児に自信を持って、と励ましてくれる、読者への眼差しがとても温かい本です。

感情的なもの以外にも、確固とした育児書でもあります。

月齢や年齢ごとに、育て方・症状・病気・危険度などが詳細に渡って記されています。

また著者は役人として、また町の小児科医として母子に向き合ってこられ、執筆活動に専念するようになってからは世界中の小児科雑誌と医学週刊誌を参照し、また母親たちとの手紙のやり取りを通じ
本書に加筆訂正を加えてきました。

今となっては出版されたのが古いと心配される方がいるかもしれませんが、私自身が読んでいて違和感はありませんでしたし、また100年後ならいざ知らず、当分は問題ないと個人的には思います。

そもそも、新しいことがすべて正しいとは限りません。

例えば、1980年代後半に日本で流行したうつぶせ寝は、アメリカ流の育児を真似たものであり、これが原因で赤ちゃんの死亡率が増加しました。

ネットでは、離乳食の箇所が古くて参考にならないとの意見がありますが、それこそ個々の赤ちゃんによって違うものであり、著者も千差万別であると述べています。

もし心配であれば、セカンドオピニオン的にネットやママ友など、もちろん病院・役所・母子手帳などの意見で補完すればいいと思います。

一つの意見に固執するよりも、情報源は多いほうが見比べて取捨選択できるので、セカンドオピニオン的ではなく、積極的に他の意見も参考にするべきだと思います。

ここまで本書の良いところを述べてきましたが、ただ一つ疑問に思ったはありました。

それは、赤ちゃんを何時間も外に出すべきだという著者の主張です。

赤ちゃんの皮膚や気道の粘膜を鍛えるために正しいことだと思われますが、実際のところ、忙しかったり眠かったりして、なかなか時間が取れないのではないかと思います。

子育てにとって1番大事なことは、母親の気持ちが安定していることですので、何事も程々に、完璧を目指す必要はないと思います。

男の私が言うのもなんですが、子育ては大変骨の折れる一大事業です。



財を遺すは下、事業を遺すは中、人を遺すは上なり


との言葉を遺したのは、南満州鉄道初代総裁の後藤新平ですが、未来を担う部下や後進を育てることもそうですが、人を育てる子育てとは大変意味のある行為です。

意味があるだけでなく苦労も多く、核家族となった現代には多くの問題が存在しています。

そのような中で、本書の項目で「父親になった人に」というものがあります。

毎年必ず起こる母親による子殺しは、多くは父親が支えていれば避けられると著者は述べています。

男性は、子供が産まれても親としての実感がなかなか湧かず、私自身のことを振り返ると、妻を顧みず自分勝手な行動をしたり、サポートも足りなかったと謝りたいことが多々あるのですが、今は核家族時代であり、夫しか頼れない妻も多いと思いますので、これから父親になる男性は決して母親を孤立させず、積極的に育児に参加してあげてください。

本記事の冒頭に、初産の夫婦へお薦めと書きましたが、二人目でも三人目でも、お孫さんのためでも大変重宝する育児書です。






紹介図書