2017/03/31

フランスを代表する映画・1990年「シラノ・ド・ベルジュラック」  






シラノ・ド・ベルジュラック シラノ像 フランスの偉人 フランスの著名人
Julia CasadoによるPixabayからの画像


フランス ドルドーニュ県にあるシラノ像



「シラノ・ド・ベルジュラック」とは、17世紀フランスに実在した人物です。

詩人で剣士でもあるシラノは、1619年にパリで生まれ、その生涯を劇作家エドモン・ロスタンが戯曲化したのが1897年のことで、当時の公演は圧倒的な盛況で市民に迎え入れられ、現在でも世界中で上演され続けています。





その中でも、1990年の映画「シラノ・ド・ベルジュラック」は、フランスの俳優ジェラール・ドパルデューが名演技を披露し、傑作との評価が下されているようです。

その物語の内容は以下のようになります。

シラノは、饒舌でエネルギッシュで勇敢で、貴族にも媚びない気高い男ですが、身体的なコンプレックスを持つ男として描かれます。

それは、とてつもなく大きくて醜い鼻のことです。

実際に残された肖像画では、鼻はそこまで大きくなかったようですが、演劇や映画では大きな鼻にコンプレックスを持つ男として描かれます。

そんなシラノはある日、恋心を寄せる従妹のロクサーヌに呼び出され、あることを告げられます。

それは、好きな人ができたので、その彼を守ってほしいとの告白でした。その男性とは、シラノと同じ親衛隊に属する若い美男子・クリスチャンでした。

シラノは、その恋のキューピット役を引き受けてしまいます。

愛の言葉を綴るのが苦手なクリスチャンに代わり、代筆で恋文を書くこともあれば、暗闇の中で代わりに、愛の言葉を語りかけることもありました。

暗闇で代わりに愛を語った出来事は、その後に、クリスチャンがロクサーヌから甘い接吻を勝ち得てしまうオマケつきで、シラノは完全な道化師として描かれ、喜劇として進行していきます。

この辺りから、重要なシーンのネタバレになりますので、未見の方は気をつけてください。

その後、クリスチャンとロクサーヌが結婚式を挙げ、そこでもシラノはピエロを演じ続けます。

やがて戦争が始まり、シラノとクリスチャンは出征します。

戦争中もシラノはクリスチャンの名でロクサーヌに手紙を書き続けます。

クリスチャンに頼まれたわけでもなく、シラノ自身の素直な想いで、美しい修辞に彩られた言葉を綴っていきます。

そして、その贈られた手紙を読んだロクサーヌは、クリスチャンへの想いが募り、森を抜けて戦場に来てしまいます。

しかしロクサーヌが愛しているのは、美しい容貌のクリスチャンではなく、美しい恋文を綴るクリスチャンであることが語られ、そのことに絶望したクリスチャンは前線に飛び出して戦死してしまいます。

やがて戦争は終わり、ロクサーヌは亡くなったクリスチャンを思慕し、修道院で独り身を通し続けます。

それは、クリスチャンの情熱的な手紙が、ロクサーヌの心を離さないからです。


その手紙がシラノによって書かれたとも知らずに。

映画を観ている者は、シラノこそが、ロクサーヌの理想とする男性だと分かっていますが、劇中の二人は気が付きません。

二人がお互いの想いに気付くのはいつなのか、観客はヤキモキしながらその時を期待します。

寡婦を続けるロクサーヌの一方で、シラノは世間から背を向けて文筆生活に入っていました。

何ものにも縛られず、政治や宗教を大胆に批判し、偽学者を論文で攻撃し、またSF小説の先駆けとなる「月世界旅行記」や「太陽世界旅行記」を記していました。

しかしそれも束の間、シラノは人への批判を繰り広げていたために恨みを買い、頭に材木を落とされて重傷を負ってしまいます。

嗚呼、二人はお互いの愛を確認できずに終わりを迎えてしまうのか、というところで、最後にようやくロクサーヌは自分が愛していたのはシラノだったことに気がつきます。

映画を観ている者が待ち望んだ場面が、やっとここで訪れます。

それは、戦争が終了してから15年後のことでした。

その詳細は、是非とも映画で観てほしいのですが、一応説明します。

戦後、シラノはロクサーヌのもとに土曜日だけは通い、様々な話を語り聞かせており、頭に重傷を負ったその日も、そのままロクサーヌの所へ通います。

この日、ロクサーヌは大事にしていたクリスチャンからの恋文を初めてシラノに見せ、シラノに読ませます。

やがて、庭にいる二人の周囲は陽が落ち、手紙が読めなくなるほど暗くなりますが、それでもシラノは手紙を読み続け、そのことに気付いたロクサーヌは、シラノのその声が、かつて暗闇で聞いた声であることにも気付きます。

ここで、ようやくお互いの気持ちを理解しますが、シラノはロクサーヌの腕に抱かれたまま、息を引き取ります。

以上のあらすじは、演劇でも映画でもおおよそ同じだと思いますが、フランスの名優ジェラール・ドパルデューが演じた1990年の映画Cyrano de Bergerac は、各賞を総なめにしたように定評があります。

フランス人の考える理想の男性はシラノであり、本作はフランス人が熱烈に支持し、フランスを代表する映画と言われています。

性に奔放と言われるラテン文化圏のフランス人が、報われない愛を描く本作に惹かれるとは意外ですが、報われない愛を描いた日本の代表作といえば、男はつらいよがあります。

片想いや成就しない愛こそが最も美しいという考えは、世界中にあるのでしょう。

叶わないからこそ美しく感じると言え、それは隣の芝生が青く見えるのと同じかもしれません。


エネルギッシュな男であるにも関わらず、恋に奥手なシラノは、まさに渥美清が演じる車寅次郎にそっくりです。

きっぷのよさも、粋なところも、男気も、饒舌なところも同じであり、シラノが、ギーシュ伯爵と違って栄達を否定し、不安定な作家稼業をしているところと、寅さんが、大企業での出世が男たちの目的であった戦後の時代に、不安定なテキ屋を生業としていたところも類似しています。

自由で粋な男の唯一の弱点が恋愛という点が、もしかしたら愛すべき欠点として、シラノも寅さんも性別を問わず受け入れられているのかもしれません。

映画「シラノ・ド・ベルジュラック」のシラノは、最後の場面において、同じ時代を生き、自分の作品を盗作した劇作家・モリエールを天才と認め、観客が喜べばそれでいいと私心なき自己犠牲の精神を見せます。


普段私たちは、他人との調整を計りながら利己的に生きています。

一見すると利他的な行動も、突き詰めると利己的であることがほとんどです。

例えば、人を先に立てて自分は出しゃばらない謙譲の美徳は、嫌われたくない思いや、良く見られたい思いや、卑屈さの裏返しや、自己満足のケースであったりもします。

ただし、このシラノが自己犠牲を示す最後の場面は、私心が一切見えてこない素晴らしい演技をジェラール・ドパルデューがしています。

本編は、主人公シラノが道化となって愛を囁いたりと、自己犠牲の精神が一つのテーマになっていますが、とにかくお薦めの映画です。









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