2017/12/24

東京大学理科三類に入学する価値はあるのか? 日本に天才を生み出さないために学制改革を行ったGHQ(証言あり)







DotstikによるPixabayからの画像 


最近とある母親が脚光を浴びています。


それは、自分の子供4人全員を、東京大学理科三類に入学させた佐藤亮子さんです。




今まで、子供全員を東大や京大に入れた親御さんの本はありましたが、日本の偏差値最高峰の東大理三となると初めてであり、俄然その教育方法に注目が集まっています。

2017/11/24

物事を達成するために一番大事なこと おもちゃのクレーンゲームから「ホモ・サピエンス」というラテン語名を考える






UFOキャチャー クレーンゲーム


ShioriさんによるイラストACからのイラスト 


娘が小さい頃、ゲームセンターでクレーンゲーム(UFOキャッチャー)をやったことがあります。

対象は可愛らしいぬいぐるみで、ケースに何種類かある中で娘の希望するものに焦点を定め、試行錯誤しながら三回ほど行いました。

しかし、結局取ることは出来ませんでした。





これ以上やっても無駄だと思い、その場から去ろうとしたのですが、娘がどうしても欲しいと言うので、再び挑戦することにしました。

2017/11/19

独善的で偏狭な愛国心ではなく、他国をも愛する絶対的な愛国心の必要性





日の丸 国旗 日本


愛国心という言葉は、日本ではあまり良い意味に用いられていないようです。

日の丸や君が代など、国旗や国歌に嫌悪感を示す人たちが、今でも大勢います。






その原因は、大東亜戦争における徹底的な敗戦、GHQの統治方針、戦後蔓延した共産主義思想、日教組による左翼教育、反日勢力によるプロパガンダなどによるものと思われますが、愛国心という響きに悪い印象を持つ国民が、特に過去の日本には大勢いました。


2017/11/04

就職活動生必見! 自己分析や目指す業界を探す前にすべきことは、学校教育で身に付いた負の部分を破壊すること







やりたいことの見つけ方


OpenClipart-VectorsによるPixabayからの画像 


やりたいことが分からない、好きなことが見つからない、と悩む若者が大勢いることはよく聞かれます。

Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学での卒業スピーチで学生に向け、


「自分の好きなことに出会えば、心が自(おの)ずから分かる」


と語りかけています。





ただしこの主張は、自分の気持ちに正直に生きてきたジョブズだからこそ口にできた言葉であり、自分の気持ちを偽って生きてきた人や、親や社会の常識で物事を判断してきた人は、好きなことに出会っても分からないはずです。

2017/10/29

成功体験や前例踏襲を否定できる柔軟性を獲得する 環境の変化に適応できる人間になる方法を考察する








平家物語 下村本

パブリックドメイン



音楽を聴く環境は、レコード、カセットテープ、CD、MD、ハードディスク、そしてWEB上へと変化していきました。

今の状況を昭和の時代に予測できた人はほぼいないはずですが、社会は常に変化しており、従来のやり方に固執していれば、あっという間に取り残されてしまいます。






音楽を聴く側であれば構いませんが、楽曲をユーザーに提供し、お金を稼ぐ手段とする場合、現在CDの販売だけを行う業者は存在していないはずです。

現代の若者にとって、音楽とはネットを通して聞くのが当たり前であり、その環境も、かつてはプレイヤーに曲を落とすダウンロードが主流でしたが、いまは大容量のデータ送信環境が整い、ストリーミングに取って代わられようとしており、特典などを除けば、CDを購入する行為に食指が動くことはないでしょう。

このような技術の進展に伴う消費者の変化に、供給側は追い付いていけなければ生き残れません。

嘘が蔓延する癌治療の最前線 西洋医学では救えない末期ガン患者








Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像 


世の中には、常識の顔をした嘘や欺瞞が溢れています。

作家の苫米地英人氏は、「君は1万円札を破れるか?」などという面白いタイトルで読者を釣り、その仕組みを暴いています。





ただし、実際にお札を破っても、交換のために銀行へ行くのは面倒であり、実行する必要はないと思いますが、常識だと思われていることの本質を暴き出し、常識に囚われている自分を理解し、そんな自分を解放することは、生きていくうえで大切なことです。

大切なだけでなく、自分の生死にさえ関わってくることがあります。

現在一般的に行われている癌の三大治療法は、間違いであると多方面で指摘されています。

食や医療に詳しいジャーナリストの船瀬俊介氏は、厚生労働省の技官に対し、抗がん剤の治療について問い質したところ、「治りません」との回答を得たと著書で記しています。

アナウンサーの小林麻央さんの死亡で、民間療法が格好の槍玉に挙げられましたが、彼女が初めから西洋医学に頼っていたとしても助かった保証はなく、むしろ、最後に抗がん剤や放射線治療を行ったために亡くなった可能性もあります。

癌には様々な種類があり、一概に断定できないと断っておきますが、外科手術・抗がん剤治療・放射線治療の西洋医学では、正常な細胞も破壊してしまい、死を早める可能性があることは、すでに誰しもが知っている事実です。

世界的な名医である安保徹氏は、癌の発生原因を低酸素と低体温とし、日常生活を改善させることで治癒できると述べています。

癌細胞が42、5度で死滅することは事実であり、麻央さんが行っていた水素温熱免疫療法は一定の根拠が存在しており、似たような治療法で、高周波による熱を照射するハイパーサーミア(温熱療法)も一部の病院で施されていますが、なぜか局部治療でしか保険が効きません。

全身治療を認めてしまうと、現在の西洋医学が根底から崩壊してしまうからだと捉えられても仕方がありません。

国際自然医学会の会長・森下敬一博士は、癌細胞は血液の汚れから発生し、しかも浄血装置として機能していると述べており、根本的に治療するのであれば、食事療法を重点的に行うべきだと提唱しています。

森下先生の関連書籍を何冊か読めば、現代医学の基礎をなす血が骨髄で造られる説は誤りで、腸からから造られる「腸管造血説」が正しいと誰でも理解できるはずです。

そして実際に、自身の医院でその理論を用いて処方することで、西洋医学では絶対に治せない多くの末期癌患者を完治させています。

つまり、西洋医学は対症療法に過ぎず、根本療法や原因療法は、東洋医学にこそ光明が見出されるということです。

最近では、波動療法という気に近いエネルギーを用いた治療法も注目を集めています。

我々のエネルギーの源である地球に降り注ぐ太陽光は、様々な周波数の波動(電磁波)であり、世界中に何万人と不食の人が存在するように、彼らは植物と同じくその波動をエネルギーに変換する機能を持っていると考えても不思議ではありません。

神経細胞であるニューロンが電気信号によって情報をやり取りし、実際に電気を流して治療する電気療法や、磁気で脳を刺激するTMS治療などが存在するように、本来はエネルギー源でもある電磁波(波動)を、現在の放射線治療のように、γ線やX線といった電磁波をピンポイントで照射して細胞を破壊するやり方以外で、病気の治療法として使用できる可能性は当然あるでしょう。

もちろん根拠のないスピリチャルは危険ですが、ストレスが円形脱毛症を起こしたり、笑いが免疫力を高めるように、心と身体は密接に関連しているのは事実であり、哲学者のカントや心身統一法を打ち立てた中村天風氏のように、現在の西洋医学では認めていない積極的な精神によって身体的な病を治癒させることも当然あり得えます。

そして、人間にはホメオスタシスである自然治癒力が備わっています。

このように、癌の治療で、外科手術、抗がん剤、放射線以外で完治した患者は多く存在し、西洋医学は絶対ではありません。

昔から治療の効果を上げている丸山ワクチンも、病巣をピンポイントで攻撃する従来型の治療法ではなく、身体の免疫機能を向上させる免疫療法の一種であり、身体のトータルバランスを考える東洋医学に近い方法です。

丸山ワクチンは、明らかに延命効果が認められているにも関わらず、国は決して許可をしませんでした。

ノーベル賞の受賞により、免疫療法薬のオプジーボに注目が集まっていますが、こちらもなぜか、三大療法を経たあとでなければ保険が適応されません。

このように、現行の癌治療のシステムは、三大療法に誘導されるように出来ています。

小林麻央さんが民間療法を選んだのは、子どもを望んでいたからと言われていますが、従来の西洋医学に疑問が持たれていることの証でもあります。

そもそも、西洋医学を作り上げたとされる、国際金融資本の頭目の一人であるデイヴィッド・ロックフェラーは、病気を患っても一切薬を飲まず、医者にも掛からずホメオパシーの専門家を頼りにしていたと言われ、101歳と長生きをしました。

また、日本薬剤師会の元会長・児玉孝氏が、


「西洋医学のクスリは人工的に作られた化学合成物質のため、人体には異物であり毒とさえ言える」


と語っている状況も無視できないはずです。

もちろん、緊急時において即効性を持つ薬が必要とされたり、身体の未成熟な小児や抵抗力の落ちている高齢者にとっては、対症療法といえども薬は必要とされ、また外科手術でしか治せない病気も多く存在するはずですが、病を根本から治す方法は、合成された人工物の薬などではなく、食べ物や生活習慣に重きが置かれるべきなのです。

ただ今の現状では、多くの癌患者が盲目的に西洋医学を信じ、一般的な標準治療を行っています。

一体それはなぜなのでしょうか?

それは、西洋医学のシステムは金になるからであり、その循環に、マスメディアを含めた多くの組織が組み込まれているからです。

癌に関していえば、高価な抗がん剤を大量に消費させ、多くの人が死ぬことで恐怖を煽り、保険に加入させるのです。

麻央さんの死は大々的に報じられ、民間療法を断罪し、恐怖を植え付け、製薬会社や保険会社の格好のキャンペーンになりました。

しかし、彼女の行った民間療法を、科学的見地から本格的に検証した記事や番組はあったでしょうか?

彼女が通っていた首藤クリニックの、さい帯血移植の無届けによる業務停止命令を集中的に報道し、あたかも温熱療法が全くの間違いであるかのように情報操作をし、多くの日本人が騙されてしまいました。

金に陥落するマスメディアだけでなく、最近は一般人を装ったネットでの情報操作も多いので、ますます騙されやすくなっています。

温熱療法で癌が治るのは事実であり、手術、抗がん剤治療、放射線治療で癌が治らない場合があり、死を早めてしまう可能性があることも事実です。

よく言われるのが、三大療法をやらなかったために症状が進んでしまったというものがありますが、これは証明することができません。

三大療法を行ったから治った場合でも、その癌は、他の方法で治った可能性も当然あり、やらなくても治った可能性も当然あるのです。

このように、世に蔓延するあやふやな常識に対抗するためには、まず多くの情報に接することが大事ですが、常識が胡散臭いものだと分かったとしても、その常識を否定することは今までの自分を否定することに繋がり、皆と同じである安心も放棄することになるので、躊躇してしまいます。

生物は保守的で、たとえ嘘の常識でも、今までの物の見方に安住していたほうが楽であり、差し迫った危機が訪れなければ、そこから脱出を図ろうとはしません。

そして、差し迫った危機が訪れると、常識を押し付ける側は恐怖の感情を煽り立て、巧妙にその点を突く罠を仕掛けてきます。

ではここで、常識に凝り固まった人が脱皮を図るきっかけとして、お札を破るような突飛な方法ではなく、簡単にできる行動を提示したいと思います。


それは、ファーストフード店でお水を注文することです。


一見なんでもないことのようですが、定食屋ではドリンクを頼まないのに、モスバーガーやバーガーキングなどのお店では、大概の人が飲料水を頼みます。

もちろん、ハンバーガーには炭酸飲料が合うからとか、セットに組み込まれているからという意見はありますが、ここには一つの常識が存在しています。


普段当り前だと行動していることに対し、常に疑ってみることが大事でしょう。


ここで、歴史上の逸話を紹介します。


江戸幕府の10代将軍である徳川家治は、小さい頃、祖父の吉宗に何か字を書くように言われ、皆の前で習字を始めました。




徳川家治


徳川家治
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家治は、そこで「」という字を書き進めましたが、予想以上に字が大きくなり、三画目が収まりきらない状況になりました。

しかし家治は、いささかも動じることなく、右払いを畳の上にはみ出して書きつけました。

これを観た吉宗は、その気立てを大いに喜び、頭を撫でたということです。(徳川実記)

このエピソードから分かることは、暴れん坊将軍が名君かはさておき、器の大きな人間であったことが分かります。


この話に感心する人であれば、常識に縛られた状況を脱出できるはずです。

ただし、癌を罹ったと医師から告げられたら、間違いなく私も狼狽するはずですし、様々な情報を集めたとしても、何が正しいかは判断が付かないでしょう。

西洋医学を絶対視する頭の凝り固まった医師だけでなく、縋ってくる患者を食い物にする民間療法士も存在するでしょう。

最近注目を集めている光免疫療法も、どのように治療薬として登場するかも分かりません。

様々な治療法からどれを選ぶかの決断は、最後は自分で下さなければなりませんが、国際自然医学会の会長である森下敬一氏の著書は、一度読んでみて損はないでしょう。

そして最後は教育論になりますが、独創的な創造やアイデアは、常識から生み出されることはありません。

親は子供が徳川家治のような行動をしたとき、自分の矮小さに囚われず、八代将軍・吉宗のように褒めることのできる人間でありたいものです。







参考記事
現代ビジネス 講談社 日本薬剤師会会長が決意の告白「患者よ、クスリを捨てなさい」



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村上春樹がノーベル文学賞を受賞できるたった1つの理由






2017/10/14

フィンセント・ファン・ゴッホの糸杉(Cypresses)に見る絵画の接し方







メトロポリタン美術館 THE MET

NYメトロポリタン美術館(THE MET)


anielbaez0によるPixabayからの画像 

海外旅行の楽しみとして、美術館巡りを挙げる人は多いかもしれません。

絵画などは、各国の美術館を転々とすることがあるとはいえ、そのときそこでしか観られない美術品も当然あります。





また、その作品が現地で製作されたものならば、旅先で感じた土地の息吹きと共に接することで、より深く対象に迫れるでしょう。

2017/10/08

アポロ月面着陸の捏造を検証し、太陽系を飛び出す人類の未来と挑戦を占うドキュメンタリー映画 「ザ・ムーン」を語る。








人類に残された最後のフロンティアは、宇宙です。

約700万年前に、ボノボとチンパンジーの共通祖先と分岐して独自の進化を遂げてきたヒトは、やがて地球上の隅々まで進出し、ついには宇宙空間にまで飛び出して行きました。






第二次世界大戦後の米ソ冷戦によって宇宙開発に巨費が投じられ、


  • 1957年に、世界初の人工衛星「スプートニク」がソ連によって打ち上げられ、
  • 1961年に、ソ連のガガーリンが地球を1周して人類初の宇宙飛行士となり、
  • 1966年に、ソ連の月探査機ルナ9号が月面軟着陸に成功し、
  • 1969年に、アポロ11号がアメリカから打ち上げられ、搭乗員のニール・アームストロング船長が、人類初の月面への一歩を記録しました。


しかし、その後の宇宙開発は停滞し、月面を歩いた人間は12人を数えるのみで、現在は火星に移住どころか月面基地すらも建設されていません。



2017/10/06

特攻隊員が残した本音の遺書と、戦争を引き起こすディープステートについての考察








穴澤利夫少尉搭乗機 「隼」 知覧飛行場


出典 「毎日グラフ」1965年11月25日臨時増刊号〜続日本の戦歴
撮影日 1945年4月12日 撮影者 Hayakawa (早川)
Wikimedia Commons パブリックドメイン


第二次世界大戦末期、日本は劣勢を挽回するため、人間もろとも飛行機で敵艦に体当たりする神風特別攻撃隊を編成しました。

生還率ゼロの特攻は、空だけでなく海や陸でも行われ、二十歳前後若者たちは、遺書を残して出撃していきました。





その後世に託された多くの遺書は、靖国神社の遊就館や、各県の護国神社や、知覧特攻平和会館などで実物を見ることができます。


2017/09/28

戦争をテーマにした純文学短編小説 「最後の授業」









表紙 いおりんさんによる写真ACからの写真を改変



この道を行けば、どうなるものか

危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし

踏み出せば、その一足が道となり

その一足が道となる


迷わず行けよ

読めばわかるさ


内容はタイトルそのまんまです。

Brandーnew 純文学短編小説。


ありがとー!!!










2017/09/23

青春映画の金字塔かつ王道中の王道作品  リチャード・ギア主演のおすすめ映画「愛と青春の旅立ち」 








skeezeによるPixabayからの画像 


大東亜戦争で徹底的に敗れた日本は、戦後アメリカの庇護のもと、大量のアメリカ文化を受け入れて育ちました。

ハリウッド映画はその尖鋭としての役割を担い、自由で豊かなアメリカを日本国民は見せつけられてきました。







そのため戦後の日本では、無条件にアメリカ文化を賛美する風潮が色濃く存在し、それらが本作の評価を押し上げていると思われますが、それを抜きにしても、青春映画の王道と言える作品でしょう。

2017/09/15

村上春樹の作品を徹底的に分析する ファンタジーの中のリアリティ(……?)








Michael SchwarzenbergerによるPixabayからの画像 



村上春樹氏といえば、コアなファンとアンチに真っ二つに別れ、作品に賛否両論が巻き起こりますが、世界的に名が知られた日本を代表する作家です。

そんな春樹氏が文壇デビューを果たしたのは、氏が30歳のときの1979年であり、長編小説の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を獲得し、作家としての道を歩み始めました。





その2年後に、経営していたジャズ喫茶の店を畳んで専業作家となり、そこから精力的に短編を書き続け、長編も着実に出していきました。

そんな春樹氏を一躍有名にしたのは、37歳のときに書いた恋愛小説「ノルウェイの森」でした。

当時としては空前の売り上げを誇り、社会現象すら巻き起こし、現在まで1000万部以上売れている大ベストセラー作品です。

本の内容は、何の変哲もない恋愛と呼べるか分からない恋愛小説であり、愛にまつわる人間のおぞましい欲望や高潔な精神が描かれているわけでもなく、恋の駆け引きや苦悩が表現されているわけでもなく、無意味に人が自殺する論理もへちまもない作品ですが、日本中で売れに売れました。


では、この作品が売れた理由を考察してみます。


この本が発売された1987年の世相は、バブル景気が加速していく頃で、人々はお金を持っていたことが売れた要因として1つあるでしょう。

また物語の冒頭は、ハンブルク空港に着陸しようとするボーイング747の機内であり、そこからBMW、フランドル派、ビートルズ、ビリージョエルと登場し、極めつけはスチュワーデスとの英会話と、2ページの中に異国の香りがところ狭しと漂い、好景気により増えていた海外旅行へ誘う文面が、人々の興味を誘ったこともあるでしょう。

他には、好景気によって生存の不安がなくなり、人生の目的がないとすれば、あとは異性を求めるだけですから、恋愛小説と銘打ったこの本に指南書としての役割を期待し、購入されたのも1つの要因でしょう。

本の装丁が赤と緑のクリスマスカラーで、自分や他人へのプレゼントに選ばれたのもあるかもしれません。

さらには、流行している本だから素晴らしいのだ、という日本人特有の同調圧力が売り上げを加速させたことも要因としてあるでしょう。


しかし、本質は違うところにあると私は考えます。

好景気に浮わつきつつ、買い物や旅行、高級レストランやディスコに精を出したとしても、心からの充実は得られません。

むしろ、物質などの外から与えられる条件が増せば増すほど虚しさは募り、人々の満たされない気持ちは心の奥底に積もっていったと思います。

そんなときに、意味もなく自殺し、意味もなくセックスをする、退廃的で不合理でアンニュイな、文学という衣をまとった春樹氏の作品が登場しました。

人々の満たされない気持ちが、作中の登場人間たちの行動によって正当化され、読者たちは救われたのではないでしょうか。

まさしく小説ノルウェイの森は、時代に蔓延する満たされない精神を、投影していたのです。


彼は決して時代に媚びたのではなく、時代と寝ていたのです。






その後の春樹氏は、国内ではベストセラーを連発し、海外でも売り上げを伸ばしていき、作家としての地位を磐石なものにしていきました。

また、ノーベル文学賞に近い作家に与えられるとされる、フランツ・カフカ賞やエルサレム賞も受賞して、有名作家への仲間入りを果たしていきました。

このような順風満帆な春樹氏に鉄槌を食らわしたのが、2013年に発売された、



「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」


に対する数々の悪評でした。

作品におけるリアリティのなさが、多くの人々の槍玉に挙げられました。

春樹氏の多くの作品はファンタジーであり、そこを受け入れて楽しむ読者が大勢いますが、多崎つくるはファンタジーを抜きに成り立つ現代小説であり、読者を納得させて虚構に入り込ませるには、細部に渡る論理的な必然性が求められます。

しかし、多崎にはそれがなく、読者のなぜという疑問に答えは示されず、読者は置いてきぼりをくらいます。

また、孤独や悩みを扱っているにも関わらず、毎度のようにセリフが軽薄で、まさにファンタジーであることから批判に晒されました。

そのリアリティのなさは、春樹氏が本物の苦悩を経験していないからなのか、金と名誉を得たことで書くモチベーションが見つからないのか、ただ単に文藝春秋の編集者が書いているからなのか、もともと細部に渡る論理を構築できない作家なのかは分かりませんが、多崎つくるは物語として上手く機能しているとは言えず、巡礼という大袈裟な言葉が上滑りし、浅薄な感は否めませんでした。

人気作家の宿命とはいえ、毎回期待されるのは酷のような気もしますが、多くの人々は、メディアや評論家が垂れ流すうんざりするほどの賛辞に反旗を翻しました。

特に、Amazonに書き込まれたドリー氏のレビューが注目を浴び、その的確で面白い書評は、多くの人々の賛同を集めました。

春樹氏の作品で語られる、凡人には読み取れないが、実は高度な内容や深遠な哲理が隠されている、などという売り文句に惑わされず、読者たちは自分の判断で作品を評価しました。

他にも、海外で評判だから、外国人が評価しているから春樹の作品は凄いのだといった、日本の有史以来続く卑屈な根性を、ネット時代の闊達な精神によって打破されたことは、画期的であったとも言えるでしょう。

そもそも、作家の本質が現れる処女作の「風の歌を聴け」にしても、論理とは無縁の作品で、虚心坦懐に接してみても、心に届いてくる文言や唸らされる言い回しは、題名以外何もありません。

死は生の対極でも一部でもなく、一体(一如)です。

本人は論理では分からないと語っているそうですが、我々は論理や因果律の世界に生きています。


仮に違う認識論があるとしても、読み終えた後に物語から浮かび上がるテーマは残念ながらなく、少なくとも今までに挙げた作品は、小説であっても芸術ではありません。


では、彼の作品に捧げられた数々の賛美は、すべてがメディアによって作り上げられた資本主義社会の虚構なのでしょうか?


私は、春樹氏の作品をすべて読んだわけではありませんが、1999年に脱稿された短編「かえるくん、東京を救う」は、素直に感情を揺さぶられました。

本編は、神戸の震災にまつわる短編集「神の子どもたちは踊る」の中の一編であり、彼の特徴が凝縮された作品だと思います。

内容は、主人公がアパートに帰ると、部屋に巨大なカエルが待っているところから始まるファンタジーになりますが、1つの世界観が見事に構築されています。

主人公の片桐は40歳の独身で、信用金庫に勤める平凡な男として描かれ、その片桐に対し、東京を救うためあなたの力が必要だとかえるくんは訴えます。

その理由は、片桐の勤める信用金庫新宿支店の地底には、巨大なみみずくんが住んでおり、そのみみずくんが近々大きな地震を起こす予定で、それを未然に防ぐために、2人で協力してみみずくんと闘おう、とかえるくんは片桐に説きます。


そして春樹氏は、この闘いのことを次のようにかえるくんに言わせています。


負けても誰も同情してくれず、勝っても誰も誉めてくれない孤独な闘いではあるが、遂行しなければならない。



これと同じように、世の中の圧倒的多数の人が、俗に言う成功とは無縁で、誰にも顧みられることのない日々の中で、自分の考える闘いを生き、そして死んでいきます。

阪神淡路大震災で命を落とした何千もの無名の人たちも同じであり、そんな無数の無名の人々の行動によって、我々の社会は循環しています。

そして、闘いを終えて傷ついたかえるくんは、悪臭を放ちながら大宇宙に還っていき、
物語の最後に主人公は夢から覚めます。

いわゆる夢オチですが、ここに登場するかえるくんは、これからの片桐を暗示し、またその片桐は、市井に生きる無数の平凡の人々を象徴しているのではないでしょうか。

我々人間は、夢のように儚く短い一生において、繰り返しますが、自分の正しいと考えるものに対し、多かれ少なかれ闘いを挑み、ほとんどの人は勝つにしろ負けるにしろ、注目を浴びることなく死んでいきます。

今はWEBの発達により、ツイッターのリツイートなどで個人が脚光を浴びる時代になりましたが、それでも大多数の人はそのようなものとは無縁の中で生き、そして死んでいきます。

春樹氏本人は、俗に言う成功を収め、富も名声も手に入れましたが、しょせんは邯鄲の夢の儚い栄華であり、そんなことは人生において一義的ではないと、阪神大震災における無数の人の死によって、本人は潜在顕在どちらにしろ気がついたのではないでしょうか。

そして、もしかしたら当時の自分に疑問を抱き、シャレオツ気取りの主人公ではなく、自分とは違って注目されることのない平凡な人々に光を当てたのではないでしょうか。

そのような春樹氏の想いが、同時代に生きる人々との時代的共感にまで昇華されている、と作品から感じたのは私の思い過ごしでしょうか。

またこの短編も、多崎つくると同じで物語における論理的な必然性は存在しませんが、不合理を上回る世界観が構築され、ファンタジーの中にリアリティを見出だすことができます。

最後にかえるくんは死んでいきますが、そこから感じたのは人間賛歌でした。

なぜなら、生と死は一体であり、また、人生における闘いが、たとえ誰にも顧みられなかったとしても、そこには必ず人間ドラマが存在し、人間の生きた証が存在するからです。

物語の終わり方も秀逸で、私はこの作品から閑吟集の一節が思い浮かびました。



なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ













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2017/09/13

小説の会話文に方言を使用して登場人物を区別する だがや せやろ どすえ?








舞妓(ふく乃さん)
Photo by Yoshiyuki Komori.     CC-BY-SA  55maiko.net


会話文のない小説は、稀にしか存在しません。

人間は社会的な動物であり、他者との関わり合いの中で生きており、芸術作品とは社会を映す鏡だからなのでしょうか?





特に、小説は人の生き様を表現することが多いため、会話文が出てくるのも当然と言えるでしょう。

ただし、小説における会話は、当然ですが音声ではなく文字になります。

我々が相手の言葉を読み取るときは、状況を基に、相手の性格・声の調子・顔の表情・しぐさなども加味し、総合的に判断しています。

よって、文字の会話を読み手に上手く伝えるには、それ相応の工夫が必要になりますが、基本的には周囲の地の文で説明することになります。

しかし、会話文に説明を加えても、いまいちはっきりしないことも多いため、以下のような記号を使い、情報を付加します。



 () 感嘆符

 () 疑問符

 () 三点リーダー

 () ダッシュ


それでも足りない場合は、文字のフォントや大きさを変えたり、絵文字すら使用する作家もいます。

このように、あれこれと手を加え、会話文を分かりやすくしようと努めますが、複数の人間が集まった会話になると、誰が誰だか分からなくなることが頻繁に起こります。


そこで登場するのが、方言を話す人物です。

関西弁を話す人物がいれば、当然ですが、会話の判別がつきます。

関西人はうるさいとする考えは紋切型であり、関西人だからといってギャグを求められるのは困ると言われるように、癖のある関西人を安易に頼るのは良くないかもしれませんが、1つの特徴としては描けます。

また、内気な関西人を描ければ、それはそれで特徴になります。

ただし部外者が使用すると、そんな関西弁はないなどと言われてしまうように、なんちゃって方言になってしまうことはよくあります。

ただそれでも、関西と一括りに言っても、使用されている言い回しや単語はかなりバラツキがあるようです。

関西でもこの地方では使うが、他の地方ではまったく使わない言い回しというのもあるようです。

そんな注目の的となる関西弁や、こちらも特徴のある名古屋弁など、今は標準語から様々な方言に変換してくれるサイトがいくつも存在しますので、作家の皆さんはチャレンジしてみてはいかがでしょうか?

また、舞妓さんが話す「~どすえ」は、一般の京都人は使用しないそうですが、ゆったりとした京都弁に魅力を感じるのは、私だけではないでしょう。






2017/09/05

人生に目的は必要なのか? この問いに対し、過去生命が進化してきた生物学的な観点から答えを出しました。








人生に目的など要らない、と言う人がいます。

自らの欲望の赴くまま、好きなことをして生きていけば良いとする考えや、生きてるだけで丸儲けという言葉のように、特別なことを求めず、つつがなく暮らしていけば良いとする考えがあります。

これらの意見は、物理学者のシュレーディンガーが唱えた、生物の条件である代謝だけをしているとも言えます。





代謝とは、外界から体内に物質を取り込み、合成や分解によって新たな物質やエネルギーを作り出し、生命を維持するための一連の動作のことであり、人間は呼吸や食物の摂取を通して行っています。

このように、ただ生きているだけでいい、それが人生の目的であるとする考えがあります。


2017/08/28

自分を客観視するメタ認知を鍛える方法 弱さを認める強さと感情のコントロール






もう一人の自分 影

Free-PhotosによるPixabayからの画像


自分自身の弱さと強さを知るために、子供にバンジージャンプをさせることを前回当ブログで提唱しましたが(バンジージャンプと脳幹トレーニング)、大人になってからでも大いにやる価値はあります。

命綱を身体に装着し、飛び降りる位置から下を覗き込むと、誰しもがその高さに恐れをなし、足がすくみます。




ただし、その恐怖は、生命が危機を感じたことによる警告なので、厳密には弱さとは言えません。